読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

多摩図書館のあと、国立でひと休み。関西のグラフィックデザイン展。

昨日は頭痛で一日を棒に振ってしまい、無念であった。三連休なので休日がいつもより1日多いのがこんなにありがたいと思ったことはない。今日こそはとガバッと起きて、イソイソと外出。頭痛はかすかに残っているけれども、歩いているうちになんとかなりそうな気がする。中野で中央線にのりかえて、立川へ向かう。本日の車中の読書は、メレディス/朱牟田夏雄『エゴイスト』上巻(岩波文庫)なり。立川で南武線に乗り換えて、隣駅の西国立で下車。東京都立多摩図書館に向かって、テクテク歩く。郊外の住宅地の典型という感じの町並みなのだけれども、「羽衣町」とか「錦町」とか町名がそこはかとなく艶めかしげなのがよかった(元遊郭?)。


無事に多摩図書館にたどりつき、ここにしか所蔵されていないとある絵本を閲覧する。無事に閲覧できて嬉しい。カリカリと帳面にメモして、絵本をページを何度も繰って和んだあと、ついでに申し込んだ、伊馬春部『コケコッコ百貨店』少年少女ユーモア文庫(宝文館、昭和28年)を繰る。戦争で家族と生き別れになってしまった健気な少年が主人公の物語。シベリアから帰ってきたお父さんが百貨店の宣伝部長に就任して、「コケコッコ百貨店」は大繁盛、家族が再会という大団円。伊馬春部の昭和二十年代のラジオドラマのシナリオが大好きなのだけれども、児童文学でもそのさわやかな読み心地という点で共通していて、その洗練味がたいへん好ましかった。同シリーズに穗積純太郎の作のものもあって、伊馬春部同様に、戦前にムーラン・ルージュでシナリオ作家として活躍していた人による戦後の児童文学、というのに心ときめくものがあるのだった。……などと、いつものとおり、大いに物欲が刺激されたところで、図書館を出る。




伊馬鵜平『月夜のパラソル』諷刺ユーモア小説集(代々木書房、昭和15年5月5日)。装釘:木村俊徳。最近のいただきもの。表紙のイラストが愛らしくて手にとっただけでにんまり。表題の『月夜とパラソル』はムーラン・ルージュの脚本(昭和8年6月所演)、ムーラン・ルージュの脚本はもう1篇『閣下と桃の木』(昭和8年9月)が収録、残りの8篇は標題どおりの「諷刺ユーモア小説」で、『地下撮影所』とか『百貨店悲観説』といったタイトルの字面を眺めて、ますますにんまり……していたら、『防共キャラメル』なる1篇が目に入り、タイトルを見ただけで「ワオ!」だった。まっさきにページを開くと、そのものズバリ、主人公は「日の丸製菓株式会社の新人文案家、谷川玉之助」が主人公で、新発売の「防共キャラメル」の文案を練るのが発端。戦前の明治製菓宣伝部あれこれを追っている身としては、戦前昭和の宣伝部が登場する小説があらたに1篇見つかって嬉しい。のみならず、新人文案家の「六十五圓の月給」という身の上が昭和14年4月の明治製菓新入社員戸板康二とまったく同じということにも「おっ」であった。同じ折口信夫門下の戸板康二に取材したのかな。『防共キャラメル』の初出を調べないといけない。



もと来た道を歩いて、西国立駅へ戻ると、ちょうど正午。頭痛はほとんど消えてしまったし、雨降りまでにはまだ間がありそうだし、せっかくなので、国立駅まで歩いてゆくとするかと地図を確認して、テクテクと歩き続ける。バス通りに出たらあとは直進するだけなので、安心。テクテクと歩いて、一橋大学の構内の木立が見えたところで右折して、大学通りに出る。十数年前、この近所に住んでいた人生の一時期があるので、懐かしい。歩くごとに懐かしさが胸にこみあげて、「全身ノスタルジー」と化す。大学通りに出ると、ひさしのパイプの絵が愛らしい煙草やさんも、洋書屋さんの銀杏書房も健在だわ! などと、心のなかで大いにはしゃぐ。増田書店で文庫本を買って、ドトールの二階で一服というのが、大学入学前の人生の一時期の休日の午後の定番コースであった。あのコースをひさしぶりにたどりたい! と急に燃えたところで、キッと確認するとなつかしのドトールも以前の姿のまましっかり健在、こんなに嬉しいことはない、こうしてはいられないと、イソイソと増田書店に突進する。ずっと買い損ねていた佐伯一麦『川筋物語』(朝日文芸文庫、2005年4月)が目に入ったので、買う。イソイソとドトールへゆく。二階に行ってみると、十数年前とおんなじように、大学通りを見下ろすドトール二階からの眺めがなんともすばらしい。絶景かな、絶景かなと一通りはしゃいだところで、メレディスの続きを読む。メレディスを読む、というよりは、朱牟田夏雄の訳業にひたすら首を垂れるという感じ。すばらしい。



ドトールを出て、伊藤屋でお土産の焼き菓子をいくつか見繕って、駅前に来て、国立駅のあの三角屋根の駅舎はなくなっていたことを初めて知った。国立に来るたびにとりあえず足を踏み入れる駅前の古本屋で、文庫本を2、3冊買って、外に出ると雨がポツポツ降ってきた。あわてて駅へと走り、中央線に乗り込む。買ったばかりの、幸田露伴『辻浄瑠璃・寝耳鉄砲 他一篇』(岩波文庫、1991年3月第3刷)を開いて、「他一篇」の『日ぐらし物語』をなんとはなしに読み出すと、ついグングンと読んでしまう。窓の外は結構な大雨で、西荻で途中下車しようかなと思っていたけれども、その気がなくなり、早々に家に帰ることになってしまった。



帰宅して、紅茶を入れて、おやつの時間とする。夕食の支度の前に部屋でこんな感じにのんびりするのは結構ひさしぶりな気がする。機嫌よく伊藤屋のお菓子をつまみながら、《関西のグラフィックデザイン展》図録を眺めているうちに、「阪神間モダン」気分が急に盛り上がり、いてもたってもいられない。『阪神間モダニズム』淡交社(asin:4473015750)を本棚の奥から取り出し、関西遊覧計画を立てて、うーむと唸っているうちに夕食の時間が近づくのだった。





《関西のグラフィックデザイン展 1920〜1940年代》図録(西宮市大谷記念美術館、2008年)。この三連休は関西へ遊覧に出かけて、西宮でこの展覧会も見たいなアと思っていたのだけれども、なんやかやで都合がつかず、無念であった。が、つい先日、展覧会の出かけた方よりお土産の図録をちょうだいして、なんという親切であることだろう! と大喜びだった。さらに、図録そのものがたいへんすばらしく、いつまでも大喜び、ひとたびページを繰れば「関西モダニズム」で頭のなかがいっぱいになる。モダン都市時代のあらゆる分野の「関西のグラフィックデザイン」が網羅されている。お菓子は、東京の明治・森永にオマケで対抗の、江崎グリコの独壇場。





「阪神間」お土産その2、阪神住吉駅の駅舎の写真。階段の丸窓がなんともモダーンで、ひたすらうっとり(昭和4年の高架化により完成の建物、とのこと)。大正4年生れの山の手育ちの東京っ子だった戸板康二は、昭和7年から12年までの5年間、父が関西に転勤したことで阪神間の住吉が「実家」となり、三田在学時のその5年間は、年に三度の長期休暇の折に阪神間に「帰省」することとなった。その「帰省先」の駅舎がまさしくこの阪神住吉駅なのだった(たぶん)。






《関西のグラフィックデザイン展 1920〜1940年代》図録に刺激を受けて、ゴソゴソと紙ものコレクション(というほどのものではない)を物色して発見した「松竹座ニュース」。裏はお決まりの「クラブ白粉」。発行は昭和4年1月24日……と確認してみたら、あら、これは道頓堀ではなくて、東京浅草の松竹座だった(第2巻第5号)。






ひとまわりサイズが小さくなったこちらの「松竹座ニュース」は大阪道頓堀の発行。印刷所は「プラトン社」とクレジットされている。裏表紙はやっぱりお約束のクラブ化粧品。発行日の記入はないが、予告に『貞操問答』と『母の愛』の名があることから、昭和10年の発行だとわかる。