行方昭夫編訳『モーム短篇選』。窓の外は東京駅。南千住の沼波瓊音。


今週もなんとか無事に終わったのは何よりであるが、今日も神保町へ歩く力が出ず、フィルムセンターへ映画を見に行く意欲もわかない。ままならぬことである。とりあえずは、雨が降らないうちにと日没時イソイソと外に出て、鍛冶橋通りには曲がらずに丸の内仲通りをトボトボと歩いて、丸ビルに向かう。


昨日の昼休みに今月の岩波文庫の新刊、行方昭夫編訳『モーム短篇選(上)』岩波文庫(asin:4003725026)を買って、さっそく読み始めたらさっそく夢中、まずは去年同じく岩波文庫にて刊行の『サミング・アップ』(asin:4003725018)に引き続いて、行方昭夫さんの端正な訳がすばらしい。前々から大ファンの一連の中島賢二訳の岩波文庫同様、すばらしき翻訳者の営為に寄りそうようにして、海外文学に接するという歓びにひたすら酔いしれるという感じで、ただただ嬉しいのだった。上巻のおしまいの一篇「十二人目の妻」を残すのみとなっているので、おしまいまで読んでしまうとしようと、ふと思い立って、丸ビル4階のコーヒーショップに寄り道することにする。


さいわい窓際のテーブルに座ることができた。「十二人目の妻」をじっくりと読む。窓の外はすっかり日が暮れている。ちょっと前までこの時間に寄り道すると、ちょうど日没時ならではの薄暮の感じがとても素敵だったのだけれど、いまはもうすでに真っ暗なのだった。《イギリス文学におけるチェーホフ流の代表者はキャサリン・マンスフィールド、モーパッサン流のそれはモームというのが定説になっている。》という一節が巻末の訳者解説にある。これらすべての作家の短篇が大好きだーと、それだけでふつふつと嬉しくなってくる。行方昭夫さんの『モーム短篇選』の下巻は今はたのしみであるが、来月の岩波文庫の新刊は、ひきつづいてモームの『アシェンデン』。これももちろんたのしみである。それまで、愛読書の『お菓子と麦酒』を読み返すとするかな。……などなど、窓の外の東京駅前を見下ろしながら、とりとめもなく思ったあとで、スクッと立ち上がって、隣りの青山ブックセンターに寄る。岩波文庫の海外文学の愛読者として、ちょいと読んでみるとするかなと、今月の新刊、阿部公彦訳『フランク・オコナー短篇集』(asin:4003229916)を買う。二十世紀アイルランドの日常の物語。




都市美協会編『建築の東京 大東京建築祭記念出版』(都市美協会、昭和10年8月20日発行)より、「中央郵便局」(逓信省、銭高組・大倉土木、昭和8年)。盛夏のはじまりとともに郵便局そのものが休館してしまい、すっかりうら寂しい姿となってしまった。京橋の明治製菓ビルや明治製菓銀座売店同様、昭和8年の建築。「東京昭和八年」写真として、この写真が前々から大好き。『建築の東京』の発行元の都市美協会の機関誌「都市美」昭和10年6月号(第12号)掲載の『諸名士の建築観』と題したアンケート記事で、亀井幸次郎は《近代文化を表象する日本といふ感じがし建築の内容があの白と黒との対象によくすつきりとした外面から窺知出来る様な気がするから》、岸田日出刀は《意匠といふ点から見て》、田村与吉は《直截簡明に必要を丈け完全に満するものが美しく感ぜらるる》として、「大東京内で最も好きな建築」としてこの中央郵便局を挙げている。




岡落葉《夜の東京駅》、秋田貢四編『夜の東京』(文久社、大正8年9月7日)挿絵。コレクション・モダン都市文化」第21巻、『モダン都市の電飾』ゆまに書房(asin:4843321214)より。



国会図書館で『瓊音全集』をチビチビと繰っているうちに、沼波瓊音の文筆に横溢する不思議な愛嬌にいつのまにかすっかり夢中になっていた。


そんなこんなの或る夜、部屋で《明治四十一年、沼波瓊音を父とし、国木田独歩を名付親とし東京本郷に生れた》という沼波美代子の著書、『私の生きた東京』(柏葉書院、昭和51年4月)を繰っていたら、「父瓊音の思出」の項(昭和30年から31年にかけて「日本古書通信」に断続掲載された文章)にある「雷と火事と饅頭」というタイトルの文章に、沼波瓊音がかなりの甘党であったこと、《いくら頼んでも中々短冊を書かないのに、お饅頭を持っていって沢山食べさせたら、その勢で何枚も書いた》こと、《今日は菓子があるぞと思うと、夜中の二時か四時頃必ず眼が覚め》、《どんなところに隠しておいたお菓子でも見つけ出して食べ、満足して寝た》云々といった挿話が書かれてあって、ニヤニヤがとまらなかった。瓊音にはもっと生きてもらって、ぜひとも明治製菓の PR 誌「スヰート」にお菓子への思いを寄稿してほしかった! そんな甘党の瓊音だから、《胃が悪くて、歯が悪かったのは勿論》であったという。


と、このくだりを目にして、にわかに思い出したのが、『瓊音全集 第六巻 随筆篇 上』(瓊音全集刊行会、昭和10年7月10日)」にあった「虫歯の神様」という文章のこと。その冒頭は、

山下重民氏編する所の東京近郊名所図会を読みて、あはれなる事を教へられたり。そは梶川清兵衛の事蹟なり。清兵衛は其藩の小士、一日主家の急命を帯びて行く。途に持病の虫歯烈しく痛み、一歩も進むこと能はず。清兵衛覚悟を定め、一年こゝに止まりて後世虫歯に悩む諸人を助けむ、と遺言し割腹して相果てたり。この清兵衛の墓堂、南千住日枝神社の入口老榎の下に現存す。小堂にして内に小墓碑を安置し、千山清光尊霊神と扁せり。今も虫歯の神様として其患者の祈願を凝らす多しとぞ。

そして、『東京近郊名所図会』を読んで、瓊音は実際にかの地におもむく。

清兵衛を思ひ思うて、その墓堂もゆかしく、電車に乗りて千住に向ふ。終点に下車して南千住の通りを進むこと六七町、大橋近くになりたるに、虫歯の神様は何処ぞ、と八百屋にて聞けば、清兵衛様尋ね給ふかそこの横町を右に曲れば左側に在り小さなお堂なし御祈祷はせられず唯御参詣なされば宜しと云。教への儘に曲りて行くこと一町余、路傍左りの榎の下蔭に小さき堂あり。是れなり。その榎想像よりは余程小さく、堂想像よりは稍大いなりし。堂は日枝神社の古びたる鳥居の東側に西向きて立てり。鳥居の西側は南千住機械製作所なり。堂の南に、路を隔てゝ宏壮なる千住発電所あり大煙突聳てり。又この路の東方には鉄道の高く架せらるゝを見る。激しき響絶間あらねど、墓堂のあたりの光景は十分の古びあり寂びあり。……


南千住へはここ1、2年ほど、ちょくちょく出かけている。目当ては南千住図書館。ここにしか所蔵されていないとある資料を借りるため、はるばる馳せ参じて以来、ちょくちょく本を借りに出かけている。ふだん利用している2、3の図書館には所蔵されてない本がひょろっと荒川区図書館にだけは在架している、ということがたまにあるのだった。行きは日比谷線南千住駅で下車して徒歩数分、帰りはもと来た道を戻ることの方が多いけれども、隣り駅の三ノ輪まで歩くことも結構ある。南千住図書館から三ノ輪までの路地がそこはかとなく好きなのだ。そこはかとなく好きといえば、南千住駅から図書館までのコツ通り商店街の町並みも。特に買い物をしたりはせずにただ通り過ぎるだけだけれども、なんとなく歩くのが楽しいというのが、南千住図書館に一回限りではなく、たまに思い出したように出かける一番の理由かと思う。


ちょくちょく訪れている南千住ではあるけれども、日枝神社のことはいままでまったく知らなかった。《我も屡虫歯に悩みたり》という瓊音とは違い、現時点では虫歯とはまったく縁はないけれども(たぶん)、「虫歯の神様」を目指して南千住を歩いてゆく沼波瓊音のサマを見て、わたしもフツフツと「虫歯の神様」へ出かけたくなった。と、そんな折も折り、とある読みたい本(買うかどうかは読んでから決めたい本)が荒川区図書館にしか所蔵されていないという事態に直面、これ幸いと南千住へと出かけ、ひさしぶりに南千住図書館で本をわんさと借りた(荒川区の図書館は貸し出し冊数無制限)。その帰り、南千住駅へと戻る前に、重たい荷物を持ってゼエゼエと「虫歯の神様」目がけて、日枝神社の方へと向かった。図書館の地域資料(南千住図書館の東京本コーナーはすばらしい)でバッチリ予習してあったおかげで、日枝神社にはすぐに到着(参照:http://www.dentan.jp/minamisenjyu/minamisenjyu10.html)。


とかなんとか、だから何だという感じではあるけれども、沼波瓊音のあとを追うようにして南千住の今まで歩いたことのなかった道を歩くひとときはなかなかよかった。コツ通り以外の道で南千住駅に向かったのも初めて。野口冨士男の文章に、「その橋の上まで 千住の散歩」という一文(初出:「毎日新聞」昭和50年11月18日→『断崖のはての空』所収)があるのを思い出して、帰宅後、読み返した。




南千住といえば小松崎茂、というわけで、根本圭助編著『図説 小松崎茂ワールド』ふくろうの本(河出書房新社、2005年11月)より、《小松崎茂の生家。通りから入った路地に面し、平屋の長屋造りであった。路地はもっと狭かった》。南千住図書館からの帰り道、路地裏を歩くと、小松崎茂を思い出してしまうような光景にちょくちょく出くわす。




おなじく、『図説 小松崎茂ワールド』よりより、千住といえば、《千住おばけ煙突。東京火力発電所の4本煙突で、見る角度で、1〜4本に見えるのでこの名で親しまれた。「煙突の見える場所」(五所平之助監督・昭・28)という映画も生まれた》。南千住図書館にゆくようになって、ますます小松崎茂による東京風景に惹かれるようになった。小松崎茂を知ったきっかけは、ちくま文庫の根本圭助編『小松崎茂 昭和の東京』(asin:4480420991)。何度繰ってもまさしく倦むところがない。巻頭にここに貼り付けた画像がカラーで掲載されている。




木村伊兵衛《隅田川》(1952)、『木村伊兵衛の世界 図録』(東京都写真美術館、1992年)より。