フィルムセンター。資生堂ギャラリー。とらやの御菓子十二か月。

今週の寄り道メモ。


日頃の無理な早起きがたたっているのか、このところ、日没が近づくにつれて疲労と眠気でへなへなと早々に帰宅する、ということが多く、見たい映画も行きたい展覧会も諦めてばかりで、日々が過ぎている。しかーし、今日ばかりはそんなことは言っていられないッ、というか、今日ばかりは日没が近づくにつれて力がみなぎってくるような気がするッと、水曜日、《スターと監督 長谷川一夫と衣笠貞之助》特集開催中のフィルムセンターにて、渡辺邦男『忠臣蔵』(昭和33年4月、大映京都)を見に行くべく、イソイソと外に出て、鍛冶橋通りを突進。前々からスクリーンで見たいと思っていた、大映オールスターの『忠臣蔵』だー、吉良は滝沢修だー、と手帳にメモしたときから大はしゃぎしていた大映版『忠臣蔵』をいよいよ見られるのが嬉しくってたまらない。




織田一磨《かぢ橋》(大正15年10月)、『新東京風景』の内。『織田一磨展図録』(町田市立国際版画美術館、2000年9月30日発行)より。フィルムセンターに寄り道するときはいつも鍛冶橋通りを突進する。明治製菓本社の社屋が視界に入ると、昭和14年から昭和18年まで内田誠宣伝部長のもとで PR 誌「スヰート」の編集に従事していた戸板康二のことをいつも思い出している、もう何年も。鍛冶橋通りと内堀通りの交差点にある「鍛冶橋」の碑によると、外濠が埋め立てられる昭和20年代まで鍛冶橋がここにあったとのことだから、内田百間の原稿を受け取るべく丸の内の郵船ビルへゆくときは、戸板康二はいつも鍛冶橋を渡っていたのだなアと、フィルムセンターにゆくたびにいつも同じことを思っている、もう何年も。



というわけで、計画どおりに寄り道できてよかった、大映版『忠臣蔵』を見て、ひさびさに心の奥底で眠っていた時代劇熱が喚起され、映画全編でニヤニヤしっぱなし、とにかくも、たのしくってしょうがなかった。往年の東映オールスター映画のようなコクたっぷりのクレジット、まず主役がバーン! と出て、二番手がバーン! と出て、そのあとどんどん流れて、最後にトメがデーン!! というような一分の隙もなく練り上げられた序列感あふれるクレジット……とは対照的なしごくあっさりと、大勢の役者の名前が高速にどんどん流れてゆくクレジットがちと不満であったが、本篇がはじまってみると、テンポよく、というかよすぎるくらいに、忠臣蔵でおなじみの各挿話がどんどん登場しているサマにニヤニヤ。その詰め込み感が味わい深く、映画のはじまりとともに、頭のなかでチェック項目が作成されて、「畳替え」が終ると頭のなかで「済」マーク、「装束違い」が終ると「済」マーク……以下略、というふうにして、映画の進行を見届けるのだった。


と、頭のなかで勝手にこしらえたチェック項目をもとに映画の進行を追っているうちに、そうだ、この『忠臣蔵』では立花左近は誰がやるのだろう? と気になって急にムズムズ、ああ、もうここらへんは適当でいいから早送り、早送り、というようなことを思いながら、映画の進行を見届けていると、まさしく「待ってましたッ!」というようにして「立花左近」登場(役名は「垣見五郎兵衛」)! さア、立花左近は誰だ! と思わず前傾姿勢でスクリーンに見入ったところで、「出た―ッ!」というふうにして、鴈治郎登場! そうか、なるほど、鴈治郎であったか! なるほど! と、心のなかで「!」マークを連発して、立花左近のシークエンスを満喫(つい笑ってしまう)。


というふうにして、おなじみの『忠臣蔵』のあんな役こんな役、というふうにして、あちらこちらで役者見物を大いにたのしむ。雷蔵の浅野内匠頭はそのオーラが素晴らしかったし、そもそもの主役の長谷川一夫の風格も実にすばらしかった。そして! 期待どおりに滝沢修の吉良もしみじみ満喫。もっとクサい芝居をしているかと思っていたけれど、いざ見てみると、ふつうに巧い、絶妙にウマいという感じで、実によかった。最後の仇討されるところの一瞬の静止が、シェークスピア悲劇を見ているかのような高雅さで、こんなところが滝沢の無類なところだなあとしみじみ感嘆だった。黒川弥太郎がかっこよくて、今後ちょっと注目したいと思った。小沢栄太郎もよかった。と、その一方、女優陣が強化されているところがさすがは大映。山本富士子の瑶泉院や淡島千景の大石りくはよかったけど、京マチコとか若尾文子のくだりは、ちょっと冗長かなあ……などなど、映画全体で、いろいろと突っこみどころ満載なのも面白いところなのだった。



明日はお休みで嬉しいなアと、金曜日の午後はいつも機嫌がよい。そして、夕刻になると、心持ちよくウカウカと外に出て、寄り道に繰り出すのだった。……と、日比谷界隈へ歩き、右手に東京宝塚劇場、帝國ホテルの前で左折、線路のガード下をくぐって、みゆき通りを直進し、並木通りで右折。


西日のまぶしいなかをのんびり歩いて、今日はまずは、資生堂ギャラリー(http://www.shiseido.co.jp/gallery/html/index.htm)へゆく。《夢の饗宴 歴史を彩るメニュー×現代のアーティストたち》と題された展示を見る。目当ては、立松弘臣氏のメニューコレクション、というわけで、まっさきに奥のスペースに突進。


日頃から、昔の飲食店ないし喫茶店の当時のメニュウの図版を見る機会があると、そのたびに心ときめかしていたものだった。「印刷文化美術」という点でも非常に興味深い気がする。特に、ここずっと、戦前の明治製菓の宣伝部あれこれを追ううちに、戦前の明治製菓売店と同時代の外食文化に興味津々なので、喫茶外食飲酒にまつわる印刷物と聞くと、それだけで反応してしまう。で、ふらっと資生堂ギャラリーに寄り道してみたら、壁一面に展示のメニュウコレクションはなかなかの眼福で、思っていたとおりに嬉しい時間だった。エスコフィエの「プティ・ムーラン・ルージュ」のメニュウ、というような骨董品的なよろこびはもちろん、「マキシム」の風刺画家セムが象徴するようなアールヌーヴォー時代の繊細な図柄および文字を凝視、のみならず、図書館での食事会、考古学会での食事会といった、テーマにちなんだ図版にも頬が緩んで、つい二巡三巡して、あれこれ凝視して、たのしかった。「カフェ・リッシュ」のメニューをみて河盛好蔵を思い出したりもし、戦前日本の滞欧文人のような気分になって、本読みの歓びが歓喜されるのもよかった。




わが書架に架蔵している唯一のメニュウとして、明治製菓銀座売店のランチメニュウ、昭和8年2月13日付け。明治製菓銀座売店の新装オープンは同月11日だったので、その二日後のランチ。デザインそのものは特にどうってことのないながらも、嬉しい買い物だった。



季刊雑誌ならではの季節感がいつもいいなあと思う。前号(今年3月発売の春号)から「四季の味」で「とらやの御菓子十二か月」というページを見るようになった。1ページに一月分2つずつ、三ヶ月分の御菓子を全3ページにわたって紹介していて、御菓子と器を写したカラー写真が眼福で、御菓子の名前を心に刻みつつ紹介文をホクホクと読みすすめるというひとときが好きだ。前号の「四季の味」春号の「随筆集」の、永江朗さんの「和菓子の名前」と題した文章を読んで鼓舞されてしまったということもあって、このところ、銀座に寄り道の折に気が向いたら「とらや」へ行って、季節の生菓子と煎茶のセット1050円を喫する、ということをするようになった。しかし、夕刻の寄り道だと、生菓子は売り切れていることの方が多い、さア今日はいかに! と、資生堂ギャラリーのあと、ふらりととらやでひと休み。季節の生菓子はさいわい一つだけ残っていて、やれ嬉しや、お菓子の名前をしっかり心に刻んだところで、じっくりと味わいつつ煎茶をすすって、気持ちがスーッとしたところで、とらやの外に出て、今日の寄り道はまだまだ続く。


しかし、本日の御菓子の名前はいつのまにか忘れてしまっているのだった。いつも今度こそ手帳にお菓子の名前をメモしようと思うのだけど、今日も忘れてしまった。今度こそは……。とりあえず、今月は下旬になったら、先月発売の最新号の「四季の味」夏号を見て心惹かれた「青梨」を賞味できればいいなと思っているところ。