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『写真心斎橋』に見とれる。感想小品叢書の宇野浩二。高祖保書簡集。

曇り空の下、小さな風呂敷包みの弁当箱と番茶入れし水筒を携えて、外出。国会図書館に向かって、テクテク歩いて、開館時間の9時半きっかしに到着。予定どおりに、ここにしかない本を2冊閲覧し終えたあとは、とある古雑誌のマイクロフィルムをガラガラと一心不乱にまわし続けて、あれこれメモをとる。まわしつづけているうちに、いつものようにすっかり疲労困憊、ただでさえ乱れている帳面の文字がますます乱れてくる(こうしていつも後日判読に難儀する)。やっとのことで作業がひと段落し、頭痛とめまいですっかりへなへな、ゼエゼエと息も絶え絶えに、フィルムを返却。しかし、あともう1冊、申請した本があったのを忘れてはならぬ。息も絶え絶えにクネクネと奥深くの特別室へと向かうのだった。


特別室では、ボロボロ状態の上に落丁もしていて封筒に入って保管されている、『写真心斎橋』(心斎橋新聞社、昭和10年刊)を閲覧。橋爪節也著『モダン心斎橋コレクション』国書刊行会(asin:433604726X)で知った本。ここで紹介されている「モダン心斎橋」の写真の多くは、『写真心斎橋』からの転載のようなのだった。ぜひとも現物を見てみたい! とずっと思っていたので、念願かなってやれ嬉しや……と言いたいところであったが、わたしはくたびれてしまった、今日はもう力が出ないと、へなへなと特別室までやって来た次第だった。しかーし、保存用封筒から『写真心斎橋』をソロソロと取り出してみたら、ワオ! とあまりの素晴らしさに陶然、一気に目が覚め、モクモクと力が沸いてくるのだった。



橋爪節也著『モダン心斎橋コレクション』国書刊行会より、『寫眞心齋橋』(心斎橋新聞社、1935年)の表紙。

 昭和十年(一九三五)に心斎橋新聞社から刊行されたグラフ誌『写真心斎橋』。北は南久宝寺の「錫半本店」、南は宗右衛門町の「喜久屋食堂」まで七十四店を写真で紹介、店の外観から内部まで心斎橋筋の賑わいを伝える。表紙は心斎橋筋の夜景。そういえば明治三十六年(一九〇三)に開かれた第五回内国勧業博覧会の会場も、夜間のライトアップが売り物だった(一九七〇年の大阪万博も夜景を宣伝した)。
 「編集長、各店の紹介が終わりました。表紙は何にしましょう?」「うーむ、商店街が最近、整備した新しい心斎橋筋名物の街燈“あやめ燈”が並ぶ夜景でいこう」とパッと閃いたのでは、と勝手に憶測する。

【橋爪節也著『モダン心斎橋コレクション』 p.56 】


『モダン心斎橋コレクション』で見たことのあるはずの写真も、こうしてグラフ誌サイズの大判の紙面で見てみると、あらためて感激を新たにするものがあって、とにかく、嬉しくって仕方がない。写真のレイアウトもそこはかとなく洒落ていて、頬がゆるむ。ああ、もう、なんてすばらしいのだろう! といてもたってもいられなくなってくる。当然、複写は許可されていないので、ノートにスケッチして、気を紛らわす。


明治製菓売店は、『モダン心斎橋コレクション』と同じ写真が紹介されているのに、こうして大判の紙面で見てみると、天井の高さや窓や照明のモダンさ、正面ウィンドウのライト的装飾、床のタイルの形状などがはっきりと見てとれて、うっとり。

明治製菓会社の分身、明治商店の経営、大量製産は、良品を斯くも安く売れるという事を、顧客に知って頂くため、東京の十三店始め、全国の二十八のチェーンストアが設立されてある、社長は相馬半治氏。

という「せつめい」が写真に添えられてある。「スヰート」が明治製菓の紙版PRならば、「明治製菓売店」は立体版PRなのだ。そして、「スヰート」は明治製菓売店で配布されてもいた。


それから、『写真心斎橋』では、当時の不二家洋菓子店のモダンさにあらためて目を見開かされ、『モダン心斎橋コレクション』では紹介のなかった「豪快な階下天井照明」の幾何学的美しさにうっとりしたりも。森永や明治の売店にも共通する、当時流行の建築様式の気分といったものをあらためて思う。不二家についての「せつめい」は、《銀座と横浜で名高い不二家が、心斎橋進出を敢行して数年、今では完全にしんぶらまんの素通りの出来ぬオアシスとなった……》云々とあった。『写真心斎橋』を見ることで、そもそもの発端、「銀座のモダニズム」探索への思いがモクモクと沸いてくる。とにかくも嬉しくって、仕方のない『写真心斎橋』なのだった。(ゆまに書房の「コレクションモダン都市文化」第20巻の『大阪のモダニズム』に収録してほしかった!)



『写真心斎橋』のおかげですっかりハイになったところで、昼下がり、御濠端を神保町に向かっていい気分でテクテク歩く。ジョギングの人びとにどんどん追い抜かれてゆき、数十分後、ようやく「書窓展」開催中の東京古書会館にたどりついた。地下の古書展会場を隅から隅まで練り歩いて、いつものように五臓六腑にしみわたるというくらいに、古書展会場ならではの濃厚な時間を心より満喫。などと、五臓六腑にしみわたっていたわりには、最終的に手にしたのは、高見順『わが饒舌』(富士出版社、昭和16年4月発行)の裸本(「あきつ」で600円)の1冊だけであった。


と、ここで大きく深呼吸、ハズれていても気を落とさぬように出費が減ってよかったと喜ぶくらいの大らかな気持ちでいこうではないかと、わたしの中のもうひとりのわたしに語りかけたところで、目録注文の結果やいかに! と当落を確認してみると、2冊注文したうち1冊が当選していて、狂喜乱舞。しかも、今まで二度目録で買い逃した、新潮社の「感想小品叢書」の宇野浩二『文学的散歩』(大正13年6月)が見事当選! こんなに嬉しいことはないと、大いによろこぶ。(ちなみに今回の落選は、双雅房より刊行のとある私家版、悔しいので書名はここには書かない……。)



宇野浩二『文學的散歩』感想小品叢書7(新潮社、大正13年6月7日発行)。装釘:恩地孝。同じタイトルの改造社版(昭和17年6月発行、装釘:鍋井克之)とは内容は全く異なる。「感想小品叢書」がわが書架に収まるのは、今回が初めて。古書展会場で見かけた久米正雄『微苦笑芸術』も買っておけばよかったかなとあとになって思う。ちなみに、新潮社の「感想小品叢書」は全11冊で、菊池寛『わが文芸陣』(1)、正宗白鳥『泉のほとり』(2)、久米正雄『微苦笑芸術』(3)、泉鏡花『七宝の柱』(4)、武者小路実篤『草原』(5)、里見とん『白酔亭漫記』(6)、宇野浩二『文学的散歩』(7)、芥川龍之介『百艸』(8)、加藤武雄『わが小畫板』(9)、中村武羅夫『文壇随筆』(10)、山本有三『途上』(11)、というラインナップ(→「稀覯本の世界」に詳細あり:http://kikoubon.com/kansou.html)。


実は、昨日の夜、本棚を整理して、宇野浩二コーナーに1冊分余裕を設けて、「感想小品叢書」が当たりますように! と願をかける、ということまでしていたのだった(アホ)。わが書架の宇野浩二コーナーに滑り込ませる瞬間が待ち遠しい! と、「感想小品叢書」の宇野浩二のおかげですっかりハイになったところで、外に出る。自宅に向かってテクテク歩いて帰るその途上、コーヒーを飲んで、ひと休み。買ったばかりの宇野浩二と高見順をホクホクと繰って、思い出づるは、「大正文学研究会」(昭和15年12月、高見順、渋川驍、平野謙、倉橋弥一、野口冨士男らにより結成)だなあと、いつものように、いつのまにか野口冨士男のことを考えているのだった。



そんなこんなで、意気揚々と帰宅すると、外村彰編『高祖保書簡集 井上多喜三郎宛』(龜鳴屋本第八冊目、平成二十年五月四日発行)が届いていて、ああ、本日はなんたるよき日ぞやと、歓喜にむせぶ。 



外村彰編『高祖保書簡集 井上多喜三郎宛』(龜鳴屋本第八冊目、平成二十年五月四日発行)。表紙画:高祖保。石神井書林の内堀弘さんによる「一束の手紙から」という一文を印刷した栞が挟みこまれている。本全体がうっとりするしかない美しさ。《書物は器なのだ。書物そのものも作品なのだ》という内堀さんの言葉がそのまま当てはまる。(→ 龜鳴屋:http://www.spacelan.ne.jp/~kamenaku/)




「CABIN」第10号(2008年3月31日発行)。表紙:北沢街子。中尾務さんの個人誌「CABIN」は現在最も刊行をたのしみにしている雑誌。最新号に、高祖保のことを綴った、扉野良人さんの「海の手帖(カイエ)」という文章が掲載されていて、これがたいへん絶品。扉野さんの文章を読んだあとで、井上多喜三郎宛の高祖保書簡集を手にとることになるなんて、あまりに見事な展開なのだった。


日頃からたいへん愛読している「qfwfqの水に流して Una pietra sopra」(id:qfwfq)の「高祖保よ、君をしのぶよ(id:qfwfq:20080504)」を読み返す。