書誌メモの「帖面」。モダン都市の PR 誌周遊の一環として、松坂屋の「新装」。


ホームページの「帖面」と名づけたコンテンツ(http://www.ne.jp/asahi/foujita/kanako/carnets/index.html)を改訂。これは自分用につくっている書誌メモ。古書展で十返肇の本を見かけるたびに、この本は持っていただろうかと記憶があいまいでいつも難儀していたので(似たようなタイトルが多い)、著書リスト(http://www.ne.jp/asahi/foujita/kanako/carnets/books/togaeri-hajime.html)をこしらえて、本棚を整理してみることにしたら、思いのほか著書が集まっていないことがわかった。……というようにして、これまで本棚把握のためだけにこしらえていたものとして、三宅周太郎と内田誠の著書リストがある。


かつて深い考えもなく古書展でふらりと買った、双雅房のアンソロジー『甘味(お菓子随筆)』が、戦前の明治製菓の PR 誌「スヰート」のアンソロジーだと遅ればせながら気づいたのは、3年前の「地下室の古書展」でのことだった(id:foujita:20051018)。「地下室の古書展」という空間でふらりとで手にした「あまカラ」掲載の古川ロッパ「食書ノート」なる文章で知ったというめぐりあわせが嬉しいではないかと、興奮のあまりすぐさま目次ファイルをこしらえたのだったけれども(http://www.ne.jp/asahi/foujita/kanako/carnets/sogabo/sweet.html)、当時、『甘味(お菓子随筆)』(昭和16年2月初版)と対になるものとして、同じ双雅房から刊行されているアンソロジー、『新装(きもの随筆)』(昭和13年11月初版)の存在にしみじみ感じ入ってしまうものがあって、『新装』の方もぜひとも目次ファイルをこしらえたいとメラメラと思ったのものだった。と、3年目にして、ようやく懸案の『新装(きもの随筆)』の目次ファイルを作成。→ http://www.ne.jp/asahi/foujita/kanako/carnets/sogabo/kimono.html


戦前の松坂屋の PR 誌「新装」のことは、2001年4月に石神井書林の目録を初めて手にしたときに知ったのが最初だったと今でもはっきりと覚えている。石神井書林の目録の「雑踏のモダニズム/都市・街頭他」のページに並ぶ書名の連なりを初めて目の当たりにしたときの幻惑感を忘れない。その幻惑感のなかで、「三越」とともに、松坂屋の PR 誌「新装」のことがモダン都市の雑踏といったようなものと一緒にクッキリと記憶に刻まれた。


そして、翌月にこれまた初めて手にした月の輪書林の目録、「月の輪書林古書目録十二 特集・寺島珠雄私記」(2001年4月)にて、『新装(きもの随筆)』(双雅房、昭和13年11月)という本を知った。《新装(きもの随筆) 初函 双雅房 昭13[鏑木清方岩田専太郎山岸荷葉長谷川時雨富本一枝岡本かの子他]》というのを目にして、松坂屋の PR 誌のアンソロジーだとは特に言及はないながらも、石神井書林の目録の「雑踏のモダニズム / 都市・街頭他」にあった「新装」のアンソロジーに違いないッと、しばし迷いつつも直感のおもむくままにえいっと申し込んだ次第だった。あれから数年、本棚の中身は大部入れ替わっていて、すでに手放したかつて好きだった本はとても多いけれども、双雅房の『新装(きもの随筆)』はずっと残っているのみならず、いまでも愛着たっぷり、のみならず、ますます大切な本になっている。


『新装(きもの随筆)』を買った2001年の2年後、2003年秋に古書展で深い考えもなく買った『甘味(お菓子随筆)』が、「スヰート」のアンソロジーだと気づくのはそのさらに2年後の2005年秋の地下室の古書展でのことだった。と、そのとき、『甘味(お菓子随筆)』(昭和16年2月初版)が明治製菓の PR 誌のアンソロジーである一方で、『新装(きもの随筆)』(昭和13年11月初版)が松坂屋の PR 誌のアンソロジーであり、その版元はいずれも双雅房である、という事実にハッとなった。双雅房は、戸板康二と出会ったことで、久保田万太郎や内田誠の本を手にしてゆくなかで、興味津津になった版元の代表格だった。書物展望社の斎藤昌三と最終的には袂を分かって双雅房の社主となった岩本和三郎は、明治製菓宣伝部長の内田誠と旧知で、その縁で久保田万太郎と密接にかかわることで、双雅房の刊行書は万太郎人脈の著書がひとつの柱となった。「甘味」の背後に明治製菓宣伝部の内田誠がいる一方で、「新装」の背後には松坂屋宣伝部の大江良太郎がいる。内田誠は久保田万太郎を宗匠とする「いとう句会」結成の中心となった人物であり、大江良太郎は大正の三田にて久保田万太郎と出会って以来、万太郎の没するまで献身的に仕えた人物。モダン都市の PR 誌、松坂屋の「新装」と明治製菓の「スヰート」のアンソロジーの存在は、久保田万太郎の「魔法の杖」だと言ってしまいたい。




「新装」昭和10年10月1日発行号。表紙:三輪孝。松坂屋の PR 誌「新装」の創刊は昭和10年6月。現在の婦人雑誌と同じ、A4大の誌面。毎月几帳面に1日発行で刊行されていて、随筆欄のみならず、見開き1ページの「コント」的な短篇ページが挿絵とともにあるのが特徴で、北村小松、浅原六朗、岡本かの子、宇野千代、室生犀星、楢崎勤……といった、高見順の『昭和文学盛衰史』をそのままイキイキと実感できるような顔ぶれにワクワク。いずれもほんの手すさびという感じの軽い読み物なのだけれども、そんななか、岡田三郎の『微笑』(昭和10年10月号)は掲載紙にふさわしくデパートを舞台にした「コント」となっていて、そのプロフェッショナルな仕事ぶりに感心した。高見順の『昭和文学盛衰史』に、上林暁からの私信として、《日本に初めて「コント」という名称を将来し、それを流行させたのは、巴里から帰って来た岡田三郎だった》とあったのを鮮やかに思い出す仕上がり。南川潤『午後の指輪』(昭和13年3月)も同じように舞台をデパートに設定している。いざ読んでみると、『掌の性』の後日譚というべき内容で、嬉しかった。




昭和12年12月号の「新装」には、明治製菓川崎工場を取材した記事があって、その記念なのか、見返し裏に「明治チョコレート」の広告がある。「味の盛装!」というコピーとイラストがいかにもわざわざ「新装」向けにこしらえたという感じがして、頬が緩む。《いきいきとした/眞の健康美は/この至高至純なる/栄養と甘美との結晶》と、惹句もいかにも女性向き。




『下谷上野』(松坂屋発行非売品、昭和4年4月1日)より、久保田万太郎「上野界隈」の小村雪岱による挿絵。『下谷上野』は上野広小路の松坂屋新館落成を記念して刊行されたもので、資生堂化粧品部の『銀座』(大正10年刊)が意識にあったと思われる。冒頭に内田魯庵「下谷広小路」を収める。「魯庵先輩に代りて」として笹川臨風が序文を書いている。魯庵が死んだのは昭和4年6月29日だった。書物展望社、ひいては双雅房における、内田魯庵の著書をおもう。