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昭和14年「三田文学」の森永製菓と明治製菓。図書館から歌舞伎座へ。

今日も朝からよいお天気。とりあえず早起きをして、弁当をこしらえながら、本日の行程を練る。歌舞伎座にゆくまでに図書館を二館はしごすることにして、水筒にお茶を注ぐ。新聞を眺めながらゆるりと朝食を済ませて、ラジオのスイッチを入れてみると、ちょうどシューベルトの《楽興の時》の旋律とともに「音楽の泉」がはじまったところ。何週間ぶりかで「音楽の泉」を無事に聴くことができ、歓喜にむせぶ。本日はハイドンのミサ曲ハ長調《パウケン・ミサ》で、初めて聴く曲。ハイドンは現在最も強化している作曲家(…の割には未聴が多い)であるので、「音楽の泉」を聴けるだけでもうれしいのに、ハイドンを聴く機会を新たに得られるなんて、こんなに嬉しいことがあるだろうかと、さらに歓喜にむせぶ。


「音楽の泉」の放送が終わったところで身支度が完了し、イソイソと外出。本日の閲覧室では、調べものはさぼりがちで、ついチョコマカとコピーにいそしんで(主に野口冨士男の単行本未収録文献)、ホクホクしっぱなしだった。


と、そんななか、南川潤『人形の座』(日本文学社、昭和14年6月20日発行)を読んで、主人公が森永がモデルと思われる製菓会社に勤務しているので極私的に狂喜していたものの(id:foujita:20080227)、その後忘れかけていたことを急に思いだし、初出誌チェックをする。『人形の座』は、書き出しのみ『舞台』というタイトルで「中央公論」昭和13年10月号に掲載され、その続きが『人形の座』として、「三田文学」に昭和13年11月号から翌14年7月号まで掲載されていた。『人形の座』は「三田文学」の創作欄の巻頭に掲載されていて、いかにも和木清三郎編集長に厚遇されていることが如術に伺えて、ジンとなった。




その『人形の座』連載中の「三田文学」昭和14年4月号、戸板康二が明治製菓宣伝部に入社するころの「三田文学」の裏表紙は、いつものとおりに鈴木信太郎による広告「明治の菓子」。同号で戸板さんは「歌舞伎の行方」と題した一文を執筆している上に、「三田劇談会」にも出席しており、八面六腑の活躍。




同号には「森永製菓」の広告もある。牧歌的な鈴木信太郎の「明治の菓子」とは対照的な、《家庭に非常食(ビスケット)を! 空襲だ火事だ地震だ水害だ乾パンで食糧は完全だ!》って、どこかヤケなコピーが妙におかしみただよっていて、にんやり。なんとなく十返肇風味のような気がするので、十返肇によるコピーに違いないッとえいっとここで勝手に決めてしまう。昭和10年秋から昭和16年まで森永製菓の宣伝部に所属していた十返肇はどんな仕事をしていたのか、『文壇放浪記』(角川書店、昭和37年10月)に、チョコレートの宣伝文を書いたり夏に避暑地のキャンプ・ストアをめぐったりしたことがチラリと書いてある以外は、今のところ不明。しかし、南川潤の『人形の座』の主人公が製菓会社勤めというのは、南川が当時おなじ大森在住だった仲良しの十返肇に取材したのは間違いないと、なんの証拠もないけれども断言していいと思う。



そんなこんなで、夕方、無事に歌舞伎座にたどりつき、夜の部の演目、三津五郎の慶喜と橋之助の山岡鉄太郎の真山青果『将軍江戸を去る』と仁左衛門の弁慶、勘三郎の富樫、玉三郎の義経という大顔合わせの『勧進帳』を見物。


三津五郎の『将軍江戸を去る』は期待どおりに、たいへん満喫であった。弦楽器の弦の振動が伝わってくるみたいにして、ビンビンと胸に響いて、シンシンと感激。一昨年に国立劇場で『元禄忠臣蔵』の通し上演があった際に、ちょいと張り切って事前に図書館で『青果全集』を借り出して、『元禄忠臣蔵』をじっくりと全文読む、ということをしたのだったけれども、これがたいへん至福で、青果戯曲にひたすら酔いしれた(しかし、肝心の観劇はかつてこれほどまでに寝たことがあっただろうかというくらいに寝入ってしまって、わたしのなかでなかったことになっている……)。と、今回の『将軍江戸を去る』は当時『青果全集』を手にしていたときの、すなわち青果戯曲の文字を追っているときの陶酔の感覚をあざやかに思い出すひとときだった。三津五郎のセリフまわしやところどころの所作にクーッとなる一方で、橋之助は以前だと好みに合わなくてキンキンとしたセリフまわしにイライラしていたものだったけれども、今回は「おっ、いいぞ、いいぞ」と嬉しかった。三津五郎と橋之助の組み合わせをたのしんだ。……などと、言葉はまとまらないけれども、『将軍江戸を去る』にひたすら酔いしれた。先月の『娘道成寺』に引き続いて、大顔合わせで歌舞伎の代表的演目にあらためて対峙するひとときだった『勧進帳』は一生懸命精神集中するあまり、全精力を使い果たしてくたびれたので、最後の『浮かれ心中』は見送ることにして、ここで劇場をあとにする。


来月は早退しないように気をつけたいと、帰宅後、図書館のコピー整理をしながら、バックハウスのベートーヴェンを流してひとりで反省会。