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高見順全集を繰って、戦前「都会小説」の宣伝部描写に心躍らせる。

今日も早起き。諸々の家事を万事抜かりなく片づけてスッキリしたところで時刻はちょうど午前8時。さア、何週間ぶりかで「音楽の泉」を聴きながらお茶でも飲んでくつろぐといたしましょう! とラジオのスイッチをまわしてみたら、今週は高校野球でお休みだった。がっくりと肩を落とす。早々に外出することにする。皇居の御濠端をテクテクと歩き続け、築地界隈にたどりつき、京橋図書館にて期限切れだった本を返してスッキリ、しかしまた別の本を何冊も借りて、タリーズでコーヒーを飲んで、歌舞伎座の開演時間までちょいとひと休み。ひと頃のお気に入りコースだった、京橋図書館→タリーズ→歌舞伎座、というのはずいぶんひさしぶり。機嫌よく、コーヒーをすする。


借りたばかりの『高見順全集 第九巻』(勁草書房、昭和46年8月)より、目当ての「外資会社」(「新潮」昭和12年7月号初出)をまっさきに読む。荒川洋治が『新潮創刊一〇〇周年記念 通巻一二〇〇号記念「名短編」』(asin:410790136X)の編集後記でポツリと、《外資会社勤務の若い女性を描く。当時としてはめずらしい題材だし、おもしろいのだが、少し長いので除外した》と書いているのを見たときから、そこはかとなく気になっていた高見順の「名短篇」だった。先日急に存在を思い出して、図書館で全集にあたってみたら、しっかりと収録されていて、大喜び。


で、いざ読んでみると、高見順の「外資会社」は、自身のコロムビア・レコード宣伝部勤務時代(昭和5年秋から昭和11年6月まで)での見聞を多分に反映させているもので、ワオ! と興奮。戦前の明治製菓宣伝部にまつわるあれこれを追う身にとっては、戦前の企業宣伝部内部の様子が伺えるというだけで、絶好の風俗資料なのだった。ワオ! とすぐに読んでしまうのがもったいないッといつまでも、大喜び。「外資会社」はその名のとおり外資のレコード会社に勤めることになったタイピスト女子が主人公の短篇小説、同時代の女優映画を見ているかのような、島津保次郎の『兄とその妹』におけるチャキチャキお勤めの桑野通子を見ているかのような、もしくは成瀬巳喜男の『妻よ薔薇のやうに』における丸の内を闊歩する千葉早智子を見ているかのような……。こういうのが大好きだーとホクホクとページを繰る。


外資系レコード会社のタイピストの就職試験を受けにゆくところが冒頭。大森から「市中」とは逆方向の「省電」の車内は閑散としている、和装の地味な女性が赤い表紙の洋書を読みふけっているのを見て、ヒロインは

自分も高等科にゐた時分はゴールスワアジイが好きで苦心して読んだものだが学校を離れるとともにいつか英文学から離れて了つたと自分の懶惰が恥ぢられてきた。(――勉強しよう。あたしも勤めがきまつたら、電車のなかであのひとのやうに勉強することにしよう。)それには、満員電車で往復する東京の勤めより、車のすいてゐるこつちの勤めがうまくきまるといいが…

というふうに思う、というような導入からして、いい感じ。幸いに入社かなってみると、電車でこれみよがしに洋書を読んでいた女性が皆に敬遠されているツンケンしている先輩だったという展開。会社勤めに慣れてくると、このまま帰る気がしないので今日は有楽町へ足をのばして帝劇でなにか映画を見ようかしらとなったり、美少女の工員さんは映画女優にスカウトされて退社したり、本社勤めと工員との間では労働闘争が生じたりする。云々と、全体的にはホワイトカラー版プロレタリア小説という趣きで、その描写の数々がとっても現代的なのだった。しかも「外資会社」だからさらにハイカラ。


さらに大喜びなのが、ヒロインが「宣伝部」付きのタイピストであるということ。「広告部」との関係とか、印刷会社との折衝とか、社内のサマを見ていた高見順ならではの微細なディテール描写が嬉しい。つい先日、南川潤の『人形の座』で主人公が森永をおもわせる製菓会社勤めなのを見て、戦前の明治製菓あれこれを追う身にとっては、同時代の風俗小説はそれだけでイキイキとした実感的な「資料」にもなるなあと、大喜びしていたものだったけれども、高見順の「外資会社」のまさしくそんな実感的な資料なのだった。高見順といえば、最近読んだ『朝の波紋』における敗戦間近の勤労男女の描写が好きだったけれども、会社員小説というのはプロレタリア小説の一環でもあったわけで、戦前からこういうのをたくさん書いていた高見順にとっては自家薬籠中のものだったのだなあと思った。高見順の「都会小説」をもっと読みたい。




『明治製糖三十五周年記念 伸び行く明治』(明治製糖株式会社、昭和15年12月)より「明治製菓川崎工場」。高見順の「外資会社」における、ヒロインが大森から京浜電車で通勤しているコロムビア・レコードがモデルの外資会社は川崎あたりにあった様子で(未確認)、広大な敷地に工場と本社とが隣接されていたハイカラな建物だったという。……と、ここのくだりを目にしたとたん、明治製菓の川崎工場を思い出した。明治製菓川崎工場は大正14年建設、何度か増築拡張を経て昭和20年4月の大空襲で消失、戦後復興……という歴史を経て、平成元年に閉鎖。跡地は「ソリッドスクエア」なる商業ビルになっていると Wikipedia で知った。




明治製菓川崎工場の拡張に際し、昭和9年11月23日、各界名士を川崎工場に招待した様子が、 PR 誌「スヰート」昭和9年12月発行号のグラビアで伺うことができる。画像は「令嬢同伴の徳川夢声氏」。明治製菓川崎工場と夢声といえば、斎藤寅二郎『子宝夫婦』(昭和16年2月26日封切・東宝)のロケ地だったと最近になって知り、地団太を踏んだものだった。『子宝夫婦』は一昨年フィルムセンターの特集上映で見たけれども、びっくりするくらいの脱力映画であった。しかーし、もう一度どこかで上映されたら川崎工場目当てでぜひとも確認にゆかねば!

川崎の明菓工場ロケでは、憲兵が立会い、監視した。このお菓子工場も、軍需工場になっていたからである。(徳川夢声『あかるみ十五年』世界社・昭和23年5月より)

昭和16年、戸板康二のいた京橋の明治製菓本社の宣伝部では「スヰート」が順調に発行されていて、岡鹿之助や梅原龍三郎が表紙絵を描いて、久保田万太郎が「Waffle」という絶品の随筆を寄せたりしている。



などと、高見順全集を繰って思いがけず戦前の宣伝部のことで頭がいっぱいになってハイになったところで、歌舞伎座へ移動。昼の部、『春の寿』『陣門・組打』『女伊達』『吉田屋』を3階B席でのんびりと文字どおりの高みの見物。



歌舞伎座のあとはふたたび皇居の御濠端に沿って、もと来た道をテクテクと歩いてゆく。その途中、通りがかりの閑散としたコーヒーショップでひと休み。気もそぞろに高見順全集を繰ると、「外資会社」のほかにも3篇ほど外資レコード会社の宣伝部を舞台にした小説があって、ワオ! と大喜び。ホクホクになって次から次へと繰って、ご満悦。ずいぶん長居をしたあとで外に出て、テクテクと歩いているうちに、徐々に日が暮れていった。