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「戸板康二ダイジェスト」更新メモ(#052)


戸板康二ダイジェスト(http://www.ne.jp/asahi/toita/yasuji/)を更新。

  • 「戸板康二と歩く東京」というコーナーをつくって、「日本橋『まるたか』跡でとんかつを食べる」というタイトルの無駄に長い文章(http://www.ne.jp/asahi/toita/yasuji/c/tokyo/01.html)を書いたこと
  • 待ち遠しくてたまらなかった武藤康史著『文学鶴亀』国書刊行会(asin:4336049912)。めでたく入手してさっそくスミからスミまでランランと熟読、の記念に、この本で初めて知った戸板康二の書簡にまつわること
  • ついでに十返肇にまつわる戸板康二の書簡のこと
  • 「はち巻岡田」に程近いマロニエ通りの奥村書店の休業

といったことを書いています。→ http://www.ne.jp/asahi/toita/yasuji/c/news/toita_news.html



「戸板康二と東京」というのは末永く追及していきたいテーマなので、とりあえず書きはじめることができたのは嬉しい。いったん追及しだすと無尽蔵で、おもしろくてワクワクしてとどまらぬところをしらないのだけれども、そんなときは、

……そんなことで意地になってみても仕方がないが、はじめから大した目的をもっているわけではない街あるきをしてみると、そんなことも興味の一つになって、これは実際に歩いてみた者でなければ理解しがたい心理の一つである。そういうことの一つ一つの積み重ねが、興趣になっていく。ゴッホならゴッホの画を、ショパンならショパンの音楽を、ジイドならジイドの文学を数多く知れば知るほど興味が増していくようなものである。くだらないと思えば、なんでもくだらない。なんでもくだらないと言えば、生きていることだってくだらない。くだらないと言えば、私のようにくだらぬ人間が生きていることだってくだらないのである。


【野口冨士男「冬の逃げ水――鶯谷」(初出:「群像」昭和56年2月号)-『いま道のべに』(講談社、昭和56年11月)より。】

と、このくだりをいつも心に刻んでおきたいと思うのだった(野口冨士男、かっこいい!)。そう、くだらないと言えば、なんでもくだらない、「日用帳」だってくだらない、「戸板康二ダイジェスト」だってくだらない、そもそもわたしという人間が生きていることがくだらない。





小沢信男著『あの人と歩く東京』(筑摩書房、1993年5月20日発行)。装釘:菊地信義。「戸板康二と歩く東京」というタイトルは僭越にもこの本のタイトルから借用。去年、古本屋にもってゆく前にもう一度読むとするかなと、軽い気持ちで書棚の小沢信男を2冊、『東京百景』(河出書房新社、1998年6月5日)とこの『あの人と歩く東京』を読みだしたら、前に読んだときよりもさらに夢中になった。図書館に走って小沢信男の本を根こそぎ借りた。みすず書房から『通り過ぎた人々』(asin:4622072882)が出たばかりでタイミングがよかった。とにかく夢中だった。おのずと「月の輪書林」的なものへと心はゆき、ひさしぶりに「月の輪書林古書目録十二 特集・寺島珠雄私記」(2001年4月)を取り出してみたら、ここに掲載の小沢信男の「山之口獏」という文章がなんとも絶品でまいってしまった(とりあえず真似して詩集を買った)。いつの日か、小沢信男の選集が完璧な編集、素敵な造本で刊行されたら、どんなにいいだろう! と思う。




『あの人と歩く東京』所収の「古今亭志ん生『黄金餅』追跡」(初出は1992年の「東京人」)で、『黄金餅』の道中だての出発点、「下谷の山崎町」を地下鉄の「上野検車区」にみたてているくだりにキュンとなり、残暑厳しいある日曜日の午後、展覧会見物がてら暑い中をゼエゼエと上野散歩に繰り出したのも今となってはよい思い出。「上野検車区」はどうということもなく、ただ暑いだけだった。写真は、その帰りしなに撮影した不忍池の蓮の花。それにしても去年の夏はえらい暑かった。