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虎ノ門交差点で厚田雄春少年を思い、キムラヤで「四季の味」を繰る。

霞ヶ関界隈で解散の日の夕刻はいつも、足どりかるく虎ノ門交差点へと歩く。ここでクルッと左折して、次は田村町交差点へと向かって、ズンズン歩いてゆく。今日は、朝のラジオの天気予報を聞いていたおかげで、雨が降ってもあわてない。傘をさして、ズンズン歩いてゆく。

生家は、東京虎ノ門、今のみずほ銀行のあたりで、隣が、夏目漱石一家が休日に来たり、森鴎外日記にもある、有名な中華料理店「晩翠軒」でした。ワンパクで、裏の物干しから晩翠軒に忍び込み、お母さんに怒られたそうです。虎ノ門の交叉点はちょうど市電が方向転換するターミナルがあり、車掌が下車して手で電車の向きを変えるのを飽かずに見ていたといいます。キャメラマンになってから列車に詳しいので有名でしたが、子供の頃からの電車、汽車マニアだったのかもしれません。
【兼松熈太郎&渡辺浩「明治のカツドウ大好き少年 厚田雄春キャメラマンの思い出」 - 「映画論叢」第10号《生誕百年も過ぎたから、小津の話でもしよう》(2004年12月10日発行)より】

と、「映画論叢」の小津特集号にてこのくだりを目にして以来、虎ノ門交差点に来るたびに、市電のターミナルをランランと眺めていた厚田雄春少年を思って、ふつふつと嬉しい。




小津安二郎『彼岸花』(昭和33年・松竹大船)のラストシーン。厚田雄春・蓮實重彦『小津安二郎物語』リュミエール叢書1(筑摩書房、1989年6月)によると、『彼岸花』のラストショットが淀川の鉄橋になったのは厚田雄春の提案によるものなのだそうで、この挿話、涙がでるほど大好き! って、この本のすべてが、厚田雄春の証言とそれを引き出す蓮實重彦のインタヴュアーぶりのすべてが涙がでるほど大好きなのだった。特ににんまりなのが、厚田雄春の鉄道好きぶり。虎ノ門交叉点を通るたびにこの本の感激を思いだして、嬉しい。

……あすこへ行けば大阪から西へ行くという感じが出るのではないですか、といったら、「それはいい、ハンティングしてみようか」ということになって、淀の鉄橋のあたりを見てまわりました。そしたら、ちょうどわびしい色が出ているのです。これはいい、アグファだからこの感じは絶対に出ますよ、ってぼくはいいました。その代わりに天気のいいときは逃げたい、曇天ねらいで行きたいって。大阪というのは工場が多くてむかしから青空というのは割合にないのです。「あれが大阪の特徴だから、あっちが曇っていればなおいいんですね」といったら「うまいところを考えた」って満足されました。……


【厚田雄春・蓮實重彦『小津安二郎物語』(筑摩書房、1989年) - 「7 お召列車に敬礼」より】

と、彼岸花のラストシーンを思って、花粉症の季節が終わったころ、京阪神へ遊覧に行けたらいいなと思う。淀の鉄橋を渡りたい。



虎ノ門交差点では、ワインを見たいときは信号を渡らずに左折、本を見たいときは信号を渡ってから左折する。今日は信号を渡って、虎ノ門書房へ。まっさきに本日発売の「四季の味」春号を手にとって安心し、手触りが前と変ったなと思いながら、藤沢周平の文庫本2冊と一緒に買って、外に出た。雨脚はだいぶ弱まっている。イソイソと田村町交差点をわたって、キムラヤで焼菓子をつまみながら、珈琲を飲んで、買ったばかりの「四季の味」を繰る。




「四季の味」47 冬号(平成19年1月17日発行)。最新号ではなくて、去年の冬号の「四季の味」。表紙のさつまいもご飯がおいしそう! この号を繰ったとき(発売日の2006年12月7日)、「随筆集」に十返千鶴子が寄稿しているのを見て「あっ」となった。なんて、失礼ながら「存命であったのか」と思ってしまった次第なのだけれど、ほどなくしてその訃報を聞くこととなって、二度「あっ」となった(今確認したら、千鶴子さんは2006年12月20日没だった)。というわけで、「四季の味」の随筆は千鶴子さんのおそらく絶筆となる文章だと思われる。一方、十返肇の絶筆は「風景」昭和38年9月号掲載の「日記」であったわけで、「四季の味」と「風景」、それぞれになんと見事な幕切れ。

人は生れてから、なん度も性格は変る。もとより基本的なものは変らないにせよ、そこには年齢、環境によってさまざまな変化があり、だからこそ人間なのであり、また人間という面白い生きものなのである。それは私のような年寄りだって変らない。だからこそ人間というものは、アキもせず、五十年、六十年、いや今は九十年も百年も生きてゆかれるのだろう。私のような年寄りには、もう人間はあきあきしてよい筈であろう。にもかかわらず、私などはまだまだ自分という人間にあきもせず、まだまだ一日一日が興味なのである。未知の世界なのである。だからこそ生きていられるのかもしれない。


【十返千鶴子「日々の味覚こそ」 - 「四季の味」第47号掲載】

このさつまいのごはんの表紙の「四季の味」は青山光二の連載を読んだ今のところ最後の号となっていて、その点でも感慨深いのだった。



「婦人画報」編集部に勤めていた千鶴子さんは田村町通いだった。と、いつものとおりに居心地のよいキムラヤでいつものとおりに東京の昔を思ってたまにぼんやりしながら、「四季の味」をゆっくり繰ったところで、そろそろ家に帰ることにして、外に出ると、雨脚がだいぶ強まっている。今日の夕食はどうしたものかと思う。