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歌舞伎を見て、喫茶店で本を繰り、文芸坐で東映時代劇をみる一週間。

土曜日。


朝。京橋図書館に出かける。本を返して、また借りて、タリーズへ移動。歌舞伎座の昼の部開演まで、まだだいぶ時間がある。それまでの間、コーヒーを飲みながら、のんびり本を繰るとしようと、『丹羽文雄文学全集』第11巻(講談社)を取り出す。十返肇には数年前からなにかとご執心だったけれども、このところますます夢中になってしまい、思い余って丹羽文雄が十返肇をモデルにて書いたという長篇小説、『運河』を読みたくなって、張り切って借りてきた、というわけで、さっそく読み始めるものの、ページを繰っているうちに、うーむ、あまり好みではない気配だなあという気がヒシヒシ、なのだけれども、ズンズンと読み進める。『運河』は阿部豊によって映画化されている(昭和33年・日活)。つい最近、十返千鶴子のエッセイを読んで、映画に下落合の十返邸がワンシーンだけ登場すると知った。いつかぜひとも見てみたい! 月丘夢路主演、十返をモデルにしている人物は金子信雄が演じているようだ。


今月の歌舞伎座は《初代松本白鸚二十七回忌追善》と銘打った興行で、戸板康二読みの上で「昭和歌舞伎」あれこれを思う機会を得ることができるので、追善興行はそのたんびに格別なものがあるのだった。と、昭和21年の初演以来の上演だという『小野道風青柳硯』、梅玉と三津五郎の舞台を眺めて、戸板康二の見た吉右衛門と五代目染五郎のち白鸚を思う。昭和二十年代の戸板康二の本を読み返したくてムズムズ。『車引』は見る度に、横溢する歌舞伎気分にいつも理屈抜きで上機嫌。と、劇場の椅子でなにかとホクホクのしどおしなのだった。と、お弁当を食べたところで、いよいよ「待ってましたッ」の『関の扉』。



「幕間」(昭和23年6月発行)の高木四郎による表紙絵。『関の扉』は三越劇場で昭和22年6月にのちの白鸚の関兵衛、のちの勘三郎が宗貞、のちの歌右衛門が小町と墨染を演じ、昭和歌舞伎の金字塔を予言していたかのような顔ぶれとなっている。おのずと劇評家戸板康二の時代を語ることにもなる。この号に載っている座談会で、当時もしほのち勘三郎が「『関の扉』を僕が順ちゃんに以前から演れってすすめていたのですよ。」と言い、当時染五郎のち白鸚は「始からそうやりたいとは思ってなかったのですが、余り各方面からすすめられるので――あの三越のときはもう夢中でしたね」と言っている。この座談会は昭和23年4月の南座上演に際して催されたようだ。などと、この高木四郎による表紙絵が大好きなあまりに、今回の『関の扉』見物を記念して、前回歌舞伎座で『関の扉』を見たときにも貼りつけた絵を再掲(id:foujita:20041103)。あのときとおんなじくらい、今回も『関の扉』の時間にどっぷりとひたった。今日という日はこの瞬間のためにあるのだなあというくらいに。それにしても、わたしはなぜこんなにも『関の扉』が好きなのだろう。


幸四郎に他意はないのだけれど、ちと所用があったので、心ならずも『七段目』は失礼させていただくこととし、『関の扉』の余韻を胸に、心持ちよくウカウカと劇場の外に出る。


夜。無事に所用も終わり、イソイソと池袋へ。《映画監督 佐々木康 生誕100年祭》特集開催中の新文芸坐にてラスト1本の、佐々木康『血斗水滸伝 怒涛の対決』(昭和34年・東映)を見る。ちょうど1年前に、フィルムセンターで立て続けに東映時代劇を見て、にわかに時代劇熱が盛り上がったのだけれども、このところちょっと忘れかけていた。あのときのたのしき時代劇熱よふたたび、と、東映時代劇最盛期のオールスター映画をスクリーンで見る数少ない(たぶん)機会を逃してはならぬと、張り切ってここまでやって来た。東映のオールスター映画、そのキッチュな世界がたまらない(オールスターの『旗本退屈男』をスクリーンで見るのがさしあたってのわたしの夢)。去年一年間を通して折に触れ、東映時代劇はタカラヅカである、としみじみ思ったものだった。クライマックスの「大階段」感はもとより、スターの序列とその配置など、東映時代劇を特徴づけるあらゆる要素が意外なほど宝塚に近似している気がする。逆に、去年宙組の『バレンシアの熱い花』を見ている最中、これこそ東映時代劇! と、出てくる人々を東映時代劇に当てはめて、ひとり悦に入っていたものだった。トップスターは中村錦之助で、あとに控える二人は大友柳太朗とか大川橋蔵とかまあそんなところで、悪役は山形勲か月形龍之介で謎の老人は薄田研二あたり? というようなことを勝手に思って、ニヤニヤだった。


とまあ、それはさておき、『血斗水滸伝 怒涛の対決』。ひさびさに東映時代劇の世界を心より満喫。オールスター映画ならではの脚本家の苦心惨憺たる役者配置がしみじみ味わい深い。これでもかともうけ役の錦之助と右太衛門。これでもかとセコい悪役の進藤英太郎の盤石ぶり。自身にぴったりな役を自身にもっとも映えるように演じる大友柳太朗と大川橋蔵。脇にビシッと控える月形龍之介にべつにいなくてもいいのに花を添える美空ひばり。出番が少ないよーとちと不満だったけど山形勲もしっかりと出ている(親分集合シーンに大笑い)。突然ふすまが開いて敵乱入、というお決まりのシーンに「出た−!」とついクスクス。(あ、しまったッ、大河内伝次郎が出ていたはずなのに見逃したッ。)国定忠治の千恵蔵はこれでもかと千恵蔵的に処理される。そして、右太衛門と千恵蔵が向かい合う絵に描いたような大団円。……などと、映画のあちらこちらで「これでもか」とか「絵に描いたような」とかいう言葉を乱用したくなる。ああ、おもしろかった! そして、全盛期の東映時代劇を見ると、映画を享受していた東京オリンピック前の東京、映画館のある町、ということにも思いが及んで、ちょっとばかし胸がキュンとなったりもするのだった。


東映時代劇、このキッチュな世界。ひさしぶりに見ると、その濃さにすっかりあおられてしまって、すっかりハイテンション。キャハハと大はしゃぎして外に出る。当初はこの1本だけにするつもりだったけど、帰りの地下鉄でもうちょっと東映時代劇を見たくなって、チラシを凝視して後日の計画をたてる。



日曜日。


寝坊して、NHK ラジオ「音楽の泉」を聴きのがしてしまった。窓の外はシンシンと雪が降っていて、午後になっても降り続けていた。歌舞伎座の夜の部開演まで、まだちょっと時間がある。喫茶店でコーヒーを飲んで、一休みすることにする。依然、丹羽文雄の『運河』を読み続けるも、どうにもこうにも相性が悪いようなので、ここらで見限らせていただくとしようと、パッと本を閉じたところで、外に出る。雪は驟雨に変わっている。


今月の歌舞伎座は、とにかくも昼の部の『関の扉』と夜の部の『対面』がたのしみでたのしみで、しかたがなかった(同じ部に上演してほしかった)。こんなにも歌舞伎座がたのしみだったのは、1年ぶりだ。夜の部の『対面』のなにがたのしみって、富十郎の工藤と三津五郎の五郎がたのしみでたのしみで、しかたがなかった。というわけで、「待ってましたッ」の『対面』。動かない富十郎のその口跡をビンビンと胸に響かせて、ジーンと聴き惚れる。三津五郎の荒事の所作あれこれをビシビシッと瞼の裏に焼きつけるべく、気を抜くことなく凝視する。富十郎の『暫』のウケをもう一度見たいと切に思う。続いて、口上。先月見納めたつもりになっていた雀右衛門の名前がプログラムにあるので、一瞬狼狽するも、観念する。特に波乱はなくなんとか無事に口上が終了し、心から安堵したところで、節分の豆を一袋ちょうだいして、劇場の外に出る。高麗屋には本当に他意はないのだけれど、やむなき所用ゆえ、『熊谷陣屋』と『鏡獅子』は心ならずも失礼させていただくことにする。


所用も無事に終わり、昨日に引き続いて、池袋へゆく。《映画監督 佐々木康 生誕100年祭》特集開催中の新文芸坐にて、ラスト1本の、佐々木康『曾我兄弟 富士の夜襲』(昭和31年・東映)。歌舞伎座で『対面』を見たあとで、東映時代劇版曽我兄弟を見るなんて、なんて味なことだろう! と、昨夜チラシを手にメラメラと、急遽行くことにしたのだった。歌舞伎座の工藤が富十郎なら、東映時代劇の工藤は月形龍之介だ! と大はしゃぎ。映画そのものはたいして面白くはなかったけれども、月形龍之介の工藤は絶品であった。『赤穂浪士』の吉良上野介の月形龍之介を思い出しもし、クーッと五臓六腑にしみわたる。月形龍之介が好きだ! 十郎の東千代之介がなかなかよくて、「おっ」となった。五郎の錦之助は「お子様時代劇」感がただよっていて、当時、錦之助は過渡期にあったようだ(その後の開花にしみじみ感じ入る)。千恵蔵の源頼朝に大友柳太朗の畠山重忠、梶原景時の大川橋蔵という配置がやっぱり宝塚ふうなスター配置だなあと、「東映時代劇はタカラヅカである」説をあらためて確信して外に出る。冷たい雨がシトシト降っている。



金曜日。


朝。『野口冨士男自選小説全集』を至福の思いで読了してからというもの、毎朝コーヒーを飲みながら、その日に突発的に持参した本を読んでいる。と、このところ、毎朝違う本を読んでいる。そろそろ、また腰をすえてなにか未読の長篇小説にとりかかりたくなってきたなア、サテ今度は何を読もうかしら、というところなのだったが、それは連休中に考えることにして、さて本日の一冊は、リットン・ストレイチー/中野康司訳『てのひらの肖像画』(みすず書房、1999年) asin:4622046377 なり。


みすず書房で今月、ストレイチーの『ヴィクトリア朝偉人伝』が『てのひらの肖像画』と同じく、中野康司さんの訳で出ると知ってからというもの(参照:http://www.msz.co.jp/book/new/)、歓喜のあまりソワソワしっぱなしなのだった。たいへん待ち遠しい発売日までの間、数年前に「吉田健一がどこかで褒めていた」ストレイチーの名前を知るきっかけとなった『てのひらの肖像画』(Portraits in Miniature)を読み返すとしようと、本棚の奥の方から何年ぶりかで手にした次第。

自分は完全に理性に身を任せているのだ、無謀なほどの完璧な信頼をもって、理性に導かれるままにどこへでもついていくのだ、という感覚をヒュームは読者に与える。『人性論』の最大の魅力はそこにある。だがそれだけではない。読者はひとりぼっちではない。最高に有能なガイドといっしょである。ヒュームは驚くべきヴァイタリティーと明晰さをもって、混乱と暗黒に覆われた思索の道を先導してくれる。読者はいつのまにか飛行機に乗って地上から飛び立ち、快適なスリルを味わいながらしだいに上昇し、強力な知性に支えられて外を見ると、眼下にはいまだかつて見たこともない光景が広がっている。『人性論』には、ヒュームのその後の著作には二度と現われない興奮すなわち発見の興奮がみなぎっている。


【「六人の英国史家」より「ヒューム」 - ストレイチー/中野康司訳『てのひらの肖像画』】

と、このストレイチーの本を手にとったきっかけとなった、デイヴィッド・ヒュームの「肖像画」をまっさきに読み返して、さっそく陶然となる(ヒュームの『人性論』は岩波文庫の「復刊」で発売になった折に全4巻を嬉々と買ったものの、途中で頓挫したまま満2年の歳月が過ぎているのだけれども……。)。冒頭に掲げられているホラティウスによる《思想が走るためには簡明さが必要であり、冗漫な言葉で疲れた耳をうんざりさせてはならない。》という言葉が、この小さな書物を貫く一本の大きな支柱となっている。ストレイチーの明晰でシンプルでそれでいて高雅で深みがあって理性あふれる言葉の数々がたいへんな絶品。ひさしぶりに読んでみると、ハイドンを聴いている時間と似た感覚だなと思った。この感覚がたまらない。原書も手に入れないといけない。



リットン・ストレイチー/中野康司訳『てのひらの肖像画』(みすず書房、1999年)の表紙は《マックス・ビアボームによるリットン・ストレイチーのカリカチュア(1931)》。『てのひらの肖像画』はマックス・ビアボームにあてて献辞がある。この絵が大好き。『ヴィクトリア朝偉人伝』の表紙はどんなかしら!


夜。諸般の事情で疲労困憊。ヨロヨロと外に出て、丸の内線にのって池袋にゆく。この一週間の東映時代劇熱再燃を締めくくるべく、ゼエゼエと息も絶え絶えに、そこまでして見るほどの映画だろうかという気になりつつも、《映画監督 佐々木康 生誕100年祭》特集最終日の新文芸坐のラスト一本、佐々木康『新選組』(昭和33年・東映)をやっとのことで見にゆく。片岡千恵蔵の近藤勇に山形勲の土方歳三。さながら宝塚のトップスターのような、これでもかと映えさせてこれでもかと美化させた役どころの千恵蔵を目の当たりにし、「東映時代劇はタカラヅカである」説をあらためて確信。そして、関兵庫の月形龍之介をクーッと堪能、あらためて「月形龍之介が好きだ!」とフツフツと思って、嬉しくってたまらない。月形半平太と鞍馬天狗が登場するというのがいかにも東映時代劇ならではのバカバカしさで、大友柳太朗も東千代之介もそのミスキャストぶりがご愛嬌であった。わたしの好きな河野秋武はどこにいたのか今回もよくわからず、拷問されても決して口を割らない暗い目の男が河野秋武だったとあとになって知る。あの役者なかなかよかったなと思ったら、あとで原健策だったと知る。役者の判別がわたしには依然むずかしく、その点でもわたしにとっては「東映時代劇はタカラヅカ」なのだった。もともと新撰組が好きではないので共感がわかないため、映画そのものはそんなにはたのしめず。口直しすべく、萩原遼『その前夜』(昭和14年・東宝)を再見したくて、たまらない。