藤沢周平を読んで、フィルムセンターに行き損ねる。今月の映画メモ。

ひょんなことから、ふらりと手にとった藤沢周平の文庫本(『用心棒日月抄』新潮文庫)をひとたび読みだしてみたら、とまらなくなってしまい、あっという間に全篇読み終えてしまった……ということを、週末、藤沢周平を日ごろから愛読している母に告げたところ、『用心棒日月抄』もよいけれども、ぜひとも「彫師伊之助」シリーズを読んでほしいッ、と熱く語られてしまい、「ハアそうですか」とさっそく月曜日の昼に、ビルの売店で「彫師伊之助捕物覚え」の1冊目、『消えた女』(新潮文庫)をとりあえず買った。で、水曜日の日没後、コーヒーショップにて「彫師伊之助」の早くも2冊目、『漆黒の霧の中で』(新潮文庫)をランランと読了、勢いにのってすでに買ってあった3冊目の『ささやく河』(新潮文庫)を読みはじめてしまう。午後7時からフィルムセンターでマキノ雅弘の『やくざ囃子』(昭和29年・東京映画)を見る予定でいたのだけれども、藤沢周平をランランと読みふけっているうちに、いつのまにか映画の時間が過ぎてしまっていた。で、翌日の日没後、『ささやく河』をおしまいまで読んでしまおうッ、と、午後7時からフィルムセンターでマキノ正博『婦系圖』(昭和17年・東宝)を見る予定でいたけれども、映画を見ている場合ではないのだった、イソイソと帰宅して煮物をこしらえながら台所でソクソクと読了。ああ、もうたのしくって、しかたがない。明日の昼も藤沢周平の文庫本を買ってしまうのは確実なのだった。とりあえず『用心棒日月抄』の続きがたのしみ、たのしみ。


……というふうにして、1月は終わってゆくのだった。チラシを入手したときは、まアどうしましょう! と胸は躍るばかりだった、フィルムセンターのマキノ雅広特集であったけれども、結局いつものとおりに、計画していた映画の半分以上を見逃してしまった次第。ままならぬことである。



今月の映画メモ。フィルムセンターの《生誕百年 映画監督 マキノ雅広》特集で見た3本の映画のこと。

  • 『長谷川・ロッパの 家光と彦左』(昭和16年・東宝)

新年最初の日曜日、すなわち冬休みの最終日の午後に今年の初映画。ロッパと長谷川一夫共演の映画というと、成瀬巳喜男の『芝居道』を思い出して、それだけでフツフツと嬉しい。マキノ雅弘の『男の花道』は丸山定夫の印象のみが鮮烈なのだった(すばらしき丸山定夫!)。……というような、かつて見た映画のよき思い出を胸に、暇だったので深い考えもなく見物に出かけてみると、場内大混雑。やや冗長で途中退屈もしたけれども(それでも「短縮版」)、クライマックスの「宇都宮釣天井事件」のくだりで登場のお能のシーンで、『船弁慶』の謡が流れるところが、悪君の崩れゆく野望が謡曲の知盛のそれとオーヴァーラップしてゾクゾクっと興奮。長谷川一夫の二役もバッチリキマッていて、よかった。ドカーンと建物が爆発するところで、思わず笑ってしまう。ひさしぶりに東映時代劇が見たくなった。このところ忘れかけていた時代劇熱が再燃しそうな気がする。帰宅後、『古川ロッパ昭和日記』の2冊目、「戦中編」のはじめの方で、この映画の撮影の様子をうかがうのもたのしかった。ロッパの筆致にニヤニヤのしどおし。そして、文字で読む分にはたのしい「短縮版」でカットされたシーンを頭に思い浮かべるだに、「短縮版」でよかったよかったとあらためて思うのだった。

  • 『ハナコサン(ハナ子さん)』(昭和18年・東宝)

今回のマキノ特集で一番たのしみにしていた映画。タイトルバックからして洒落っ気たっぷりで、冒頭でさっそくウルウルッとなる。チラシの解説文のとおりに《戦時プロバガンダとしての要素が随所に認められる》し、なんだかなあという感じの戦意高揚的くだりが頻出したりもするのだけれども、全体のトーンはとっても軽やかで、うつくしい。お年頃のハナコさん、轟夕起子と好青年、灰田勝彦が結婚して、灰田勝彦が出征しておしまい、というただそれだけのミュージカル映画の全篇に、日常のきらめきのようなものが不思議と横溢していて、戦時中の生活が描かれながらも、全体のトーンが軽やかで明るい。灰田勝彦と高峰秀子が出演しているミュージカル映画ということで、敗戦後の『銀座カンカン娘』の明るさをもヴィヴィッドに思い出したりも。クライマックスの、出征をひかえた灰田勝彦と轟夕起子とがススキのなかで向かい合うシーンで、轟夕起子が泣いていることを匂わすところ、顔にかぶせたお面がプルプルと震えるところが検閲でカットされたとのことなのだけれども、そのことでかえって、ススキの上を笑ってでんぐり返しする轟夕起子の美しい笑顔が際立つのだった。小津安二郎が『東京暮色』の折に山田五十鈴に語ったという「人間は悲しいときには笑うんです。おかしいときには泣くんです。」という言葉(川本三郎『君美わしく』より)を勝手に思い出して、胸がいっぱいだった。終わってみると、ススキのうえでの轟夕起子の笑顔のような雰囲気が映画全体にみなぎっていた気がする。徳川夢声の配役がぴったりだと思われる、ハナコさんのお父さんは山本礼三郎。いつもニヒルな山本礼三郎がこんな役を! と、「山本礼三郎鑑賞」という点でも珍品で、見る価値大いにありであった。

  • 『殺陣師段平』(昭和25年・東横映画)

『ハナコサン』に勝るとも劣らず、たのしみにしていた映画。月形龍之介が好きだ。最近見たヴィデオでは、『多羅尾伴内 三十三の足跡』(昭和23年・大映)のレヴュウ劇場支配人、月形龍之介がとてもよかった(グランド・ホテル形式で無理があったか七つの顔の千恵蔵の影がうすいという弱点ゆえ、月形龍之介の姿が光っていただけという気もするが。)。と、その月形龍之介が新国劇の役者役を演じている、さらにその妻は、芸道もの映画でとびきりよく映える山田五十鈴(成瀬巳喜男の『鶴八鶴次郎』!)、キャー! と、見る前から大興奮の映画であった。で、いざ見てみると、阪妻主演の『王将』を彷彿とさせるコテコテの上方芸道ものであったが、月形龍之介がやっぱりとてもよくて、それだけで満喫。月形龍之介が好きだ! と、あらためて思う。澤田正二郎役の市川右太衛門の威風堂々ぶりもなかなかよかった。と、役者映画として、大いにたのしんだ。





福田勝治『銀座』(玄光社、昭和16年7月発行)より、「銀座アパート」。巻末の「写真の説明」には、《巴里の下町を想はせる銀座アパート。こゝには水商賣に適した人が多く住んでゐる。都會の裏を知ってゐる人はこんなところで朝の十時頃目をさます。》と書かれてある。『ハナコサン』を見たあとは、「とんとんとんからりと隣組♪」と鼻唄まじりで、「銀座アパート」の並びにある、通りがかりの焼鳥屋でビールを飲んだ。映画のあとのビールはなぜいつもこんなにもおいしいのだろう! といつまでも上機嫌。京橋図書館のあとでフィルムセンターに行くときはいつも銀座アパートの前を通る。いつもなにげなく通っていたけれども、藤本真澄が五所平之助を中心にした映画仲間と「スタジオ・F」という名のサロンをこしらえて、銀座アパートの「五〇八号室」をその事務所にしていたことを知ったあとは(尾崎秀樹編『プロデューサー人生 藤本真澄映画に賭ける』より)、明治製菓の「スヰート」と同時代の戦前昭和の日本映画あれこれを思っていい気分になりながら、イソイソとフィルムセンターに向かって、早歩きしている。




『亀倉雄策のデザイン 新装版』(六耀社、2005年7月)より、1979年の明治製菓本社。昭和7年施工の「銀座アパート」の建物が健在な一方で、昭和8年施工の明治製菓本社は2002年に取り壊されてしまって、今は新社屋がそびえたっている。丸の内からフィルムセンターに向かうときは、いつも鍛冶橋通りを歩いて、明治製菓本社の前を通る。もう何年も、フィルムセンターに行くたびにしょうこりもなく、内田誠宣伝部長のもとで PR 誌「スヰート」編集に従事していた明治製菓在職時の戸板康二に思いを馳せて、悦に入っている。フィルムセンターに通いはじめたころは戸板康二在職時と同じ戦前の建物が残っていたけれども(参照:http://www007.upp.so-net.ne.jp/haikeiroku/chocolate.html)、いつのまにか更地になっていてがっくりと肩を落としていたものだった。後日、気がついてみるといつのまにか新社屋がそびえたっていた。特にありがたがりもせずに当たり前のように、古いビルの前を通っていたころが懐かしい。けれども、明治製菓が鍛冶橋通りに健在なのは嬉しい。これからもフィルムセンターに向かって鍛冶橋通りをゆくたびにしょうこりもなく悦に入るのだ。