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野口冨士男の歩いた道を歩いて、弥生美術館へゆく。

11月最後の土曜日、浅草から東武電車にのって、越谷市立図書館へ「野口冨士男文庫講演会」を聴きに出かけた。毎年恒例の講演会、今年のテーマは『わが荷風』をめぐるもので、武藤康史のお話に心がスイング、たいへんブラボーでホクホクと聴いた。講演に連動して催されていた野口冨士男文庫の小展示もすばらしかった。ガラスケース越しに、野口冨士男自身による『わが荷風』執筆ノートの文字を追っていると身体がゾクゾク、何度も読み返しているとびきりの愛読書であるので、その執筆ノートの細かいメモ書きのひとつひとつが実感をもって迫ってくる。『わが荷風』の読後感を綴る、吉行淳之介と八木義徳の野口宛書簡の文面にもいたく感激して、目頭がツーンとしてくるほど。とりわけ、八木義徳の書簡は、今、思い出しただけで胸が詰まる。年度末に刊行の「野口冨士男文庫小冊子」で翻刻されるはず。とても待ち遠しい。


……と、「人間が馬鹿なだけに、ものの感じ方が激しいですな(志ん朝の『佃祭』より)」というような次第で、「野口冨士男文庫講演会」以来、とりつかれたように部屋の書棚にある野口冨士男の著書を次から次へと再読もしくは新たに読んだりして(持っていない本は近代文学館へ読みに行ったりも)、どれもこれもが前回読んだときよりもずっとずっと深く浸透してくるような感じがした。好きな本を再読するのはいつも格別。特にたのしかったのが、朝の喫茶店で、野口冨士男の町歩きもの、『わが荷風』や『私のなかの東京』や『いま道のべに』といった書物を、東京区分地図を参照しながら詳細に読んでいくという作業。実際に地図を参照しながら読んでみると、野口冨士男の精緻な筆致にあらためて感嘆し、今すぐに野口冨士男の歩いた道を歩きたくてウズウズしてしまう。というわけで、週末になると「待ってました!」と、早起きして計画のコースを実際に歩いた。と、そんな感じに2007年は終わった。野口冨士男の歩いたコースでぜひとも歩きたいと思っている道はまだまだたくさんある。残りは2008年のおたのしみ、とあいなった。


先月最初の週末(12月1日)、早起きしてまっさきに歩いたのが、荷風の生誕地のある文京区春日の金剛坂(漱石の『それから』の代助ののぼる坂でもある)から伝通院へ向かい、蝸牛庵に露伴の聞き書きをとりにゆく内田誠(『落穂抄 露伴先生に聞いた話』青山書院、昭和23年11月)に思いを馳せ、善光寺坂をくだって、徳田秋声の居住地の前を通り(『新所帯』や『黴』の背景)、春日駅に出て菊坂の左の道をゆき、本郷森川町の秋声旧宅の前を通って、本郷三丁目から湯島、上野に到るというコース。この日は上野駅で母上と待ち合わせて、東京都美術館へフィラデルフィア美術館展を見に行った。誘われなければいかなかった類の展覧会だったけれども(混んでそう、というだけで敬遠)、なかなかよかった。




その日のおみやげの絵葉書。ポール・セザンヌ《カルチエ・フール、オーヴェール=シュル=オワーズ(風景、オーヴェール》1873年頃。




……などと、前置きが異常に長い。今日も朝からよいお天気。ちょうど一ヶ月前に歩いたのとおんなじ道を歩いて、青い空の下、今日は本郷に向かって、テクテク歩いた。丸の内線の線路の上の橋をわたって、先月とおなじように、「川口アパートメント」をしばし見物したあとで金剛坂をのぼる。伝通院から善光寺坂をくだって、小石川にいたり、先月見つけた古色蒼然としたパン屋さんは今日はお休み、いつかここでパンを買いたいなと思う。菊坂下から森川町界隈を歩いて、今日も秋声旧宅を見にゆく。秋声臨終直前に立ち会った野口冨士男をおもう。


弥生美術館へゆく。本日のお目当ては竹久夢二美術館にて開催の《夢二と謎の画家・小林かいち展》。小林かいちは去年5月の「地下室の古書展」での展覧会がたいへんな眼福で、あのときの至福がふたたび! とよろこびいさんで、ここまでやってきた。弥生美術館の方の《高畠華宵展》から先に見物。いつもの弥生美術館ならではの、挿絵画家を見ることで雑誌ジャーナリズムを見るのは、なにかとたのしいひととき。そして、もっとたくさん見たかったという欲はあれども、小林かいちはやっぱり眼福だった。入り口の売店で竹中英太郎のポストカードを手に取り、弥生美術館でのいつかの展覧会を見逃してしまったことを思ってがっくりと肩をおとし、『ブンブン堂のグレちゃん』(asin:487257785X)で知った、甲府の竹中英太郎記念館(http://park12.wakwak.com/~elmore/eitarowtop.html)にいつか行けたらいいなと思ったり、松本かつぢのポストカードを手にとって、そうだ、ギャラリー松本かつぢ(http://katsudi.com/katsuditop.html)に今年こそ行きたいなと思ったりして、気を紛らわす。そんなこんなしたあと、夢二のポストカードを2枚購入。いずれも、モダン都市東京の PR 誌の資料として、前々から夢二美術館の展示を思い出しつつポストカードを買いにゆかねばと思っていたもの。無事に買えて、よかった。




竹久夢二画、「FRUIT」1月号表紙原画、昭和初期。千疋屋の PR 誌の表紙画。古書展で200円で拾った「キネマ旬報別冊 日本映画代表シナリオ集 (1)」(昭和32年12月発行)で、つい先日、阿部豊監督『彼をめぐる五人の女』(日活大将軍・昭和2年)のシナリオ(田中栄三)を読んでみたら、思っていた以上に大満喫だった。シナリオを読んだだけでも、ルビッチタッチの模倣のようなものを鮮やかに触覚でき、とにかくもたいへんなソフィスティケートぶり。そして、モダン都市を彩る固有名詞のオンパレードに胸が躍りまくり! 帝劇、箱根の富士屋ホテル、銀座の不二屋に千疋屋、東京駅の婦人待合室、クライマックスは帝国ホテルでの岡田時彦の結婚式……。と、『彼をめぐる五人の女』の感激が覚めやらぬ今、同時代の銀座千疋屋の PR 誌だと思うと、感激もひとしお。




竹久夢二画「涼しき装い」、『三越』大正14年6月号。三越の PR 活動に関しては、 神野由紀著『趣味の誕生』(asin:4326651563)がたいへんすばらしかった。昨日繰ったばかりの、沼波瓊音の『意匠ひろひ』の初出は大正元年の「三越」であった。