岩本素白の文庫本、森銑三と柴田宵曲、資生堂の『銀座』のことなど。


三連休の前の、金曜日の夕方、神保町の東京堂で発売になったばかりの岩本素白の文庫本、『東海道品川宿』(ウェッジ文庫、2007年12月)を買った。


東海道品川宿―岩本素白随筆集 (ウェッジ文庫)


以来、嬉しくってたまらなくて、肌身離さず持ち歩き、寝るときは枕元においている。今日の朝、コーヒーを飲みながら、じっくりと読んだのは『壷』という文章。

この壷は火消し壷として台所の片隅に置かれても、或はまた手焙りとして花の壷として、座敷のすみ、床の間の上に置かれても、何時もしゃんとした静かな姿を保っている。到るところ自在にその実用と美しさとを示し、所を得ているのがこの壷である。それと同じように、私もまたどんな境地にあっても、この壷のように動かない静かな姿を示すことが出来るであろうか。それはなかなか難しいようにも思われる。然しまた、何とかそれに近いものであり得るようにも思われる。まことに生き難い世ではあるが、如何なる処、如何なる物の中にも美しさと味いとを見出したい。そうしてまた、ささやかながらも美しいもの、味いのあるものを創り出したい、物の上にも心のうえにも。――そんな希望だけでも残っているうちは、私もまだ打ちひしがれずに生きて行かれるかもしれない――こんなことを考えながら、本を伏せて例の杖をとって表へ出た。

【岩本素白「壷」より】

と、このくだりを目にしたあと、本を伏せてジーンと放心しているうちに、時間になった。そして夜、部屋であらためて、素白読みに際しての大きな導き手、「qfwfqの水に流して Una pietra sopra」を読みふけるのだった(id:qfwfq:20071222)。枕元でもう一度、素白の文章を読もうと思う。



このほど刊行された、ウェッジ文庫の『東海道品川宿』の巻末に、編者の来嶋靖生さんの解説のあとに「付記」として何冊か文献が挙げられている。岩本素白を手にしたきっかけは、徳永康元と保昌正夫の文章を読んで惹かれて、みすず書房の「大人の本棚」の池内紀編『素白先生の散歩』(asin:4622048213)を買ったのがはじまりだったっけ、と追憶して、しみじみだった。さらに、『素白先生の散歩』で岩本素白を知ったあとで、広津和郎や伊藤正雄(『忘れ得ぬ国文学者たち』 asin:4842100079 は本当にもうたいへんな絶品)が語る岩本素白を知り、そしてさらにじっくりと素白を読みこんでゆく、その歓び。岩本素白を読むよろこびは、岩本素白を語る人びとを読む歓びでもあり、素白自身と素白を読む文人のもつ香気にひたる歓びでもあるのだなア…。胸がいっぱいでうまく言えないのだけれども…。というようなことを思っているうちに、「岩本素白氏の随筆」という文章が収録されている森銑三著『古い雑誌から』(文藝春秋新社、昭和31年6月)をこれまでずっと未読だったことがえらく気になってきた。こうしてはいられないと三連休の最終日、イソイソと図書館へ出かけて、『古い雑誌から』が収録されている『森銑三著作集 続編 第八巻 典籍篇二 近代』(中央公論社、1993年12月)を借り出した。そして、帰り道、通りがかりのコーヒー店で、さっそく『森銑三著作集』を繰ってみると、それにしても折りに触れて森銑三を読む幸福といったら! と、またもや目がウルウルしてしまうのだった。



コーヒー店で繰った『森銑三著作集』に、わが長年の愛読書、「こつう豆本」の柴田宵曲『文学・東京散歩』(日本古書通信社、昭和55年1月)のことを綴った文章があった。

大正十年に銀座の柳が姿を消した時、資生堂で拵へた「銀座」という書物がある。今取り出して見ると、執筆者の大半は故人である。柳だけは復活したけれども、震災で全滅し、戦災で半を焼かれた銀座の現状を見れば、何よりもその後に於ける歳月の推移を考へざるを得ぬ。

「銀座」の中にある「銀座の雨」といふ白秋の詩を読めば、震災以前の銀座の影が眼前に揺曳する。あの頃の銀座はハイカラではあつたが、今のやうなけばけばしいところは無く一帯の空気がもつと落著いていた。「薄あかり紅きダリヤを襟にさしシルクハツトの老いかがみゆく」「いちはやく冬のマントをひきまはし銀座いそげばふる霙かな」――「桐の花」時代の白秋の歌にも当時の銀座が散見する。


【柴田宵曲『文学・東京散歩』(こつう豆本41)-「銀座」より】

と、森銑三による「銀座」の引用を目にして、あっ! と、柴田宵曲が資生堂の『銀座』のことを書いていたことのはここであったと何年ぶりかで思い出すこととなって、あらためて柴田宵曲の『文学・東京散歩』を繰ったり、資生堂の『銀座』を眺めたり。いろいろと本を繰って、むやみに感激してばかりで、なんとも落ち着かないことであった。




三須裕編『銀座』(資生堂化粧品部発行非売品、大正10年10月15日)。春先に京橋図書館で復刻版を借り出して初めてじっくりと読んでたいへん感激していて以来(id:foujita:20070319)、ずっと念願だった資生堂の『銀座』を入手したのは先月のこと。装釘は当時資生堂の意匠部に在籍していた小村雪岱によるもの。同年の大正10年、小村雪岱は「菊」という名の香水瓶のデザインをしている。本棚にずっと飾ってある HOUSE OF SHISEIDO で買った「菊」のレプリカのとなりに『銀座』はたてかけてある。




特に明記はされていないけれども、装釘もなかの挿絵も小村雪岱以外の何者でもないという感じに、小村雪岱の個性がみなぎっている。色といい活字の感じといい、扉ページも実に見事なのだった。小村雪岱の意匠を眺めるだけでなく、ここに収録されている数々の文章を読む至福もはかりしれないものがある。資生堂の『銀座』は本当にすばらしい本。入手してあらためていろいろなことを思っている。