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山口瞳と宮脇俊三を読んで、電車とバスを乗りついで熱塩温泉へゆく。

いつのまにか、すっかり秋日和なのだった。秋になると、毎年しょうこりもなく「電車にのってどこか遠くの温泉へ行きたい」というようなことを思って、日中、ぼんやりしてばかりいる。そして、ぼんやりしているうちに、「温泉へ向かう車中で駅弁を食べる、そのとき車窓はミレーの晩鐘が昼間になったような景色なのだ…」というような妄想で頭のなかがいっぱいになっている。そんなことをしているうちに、毎日いつのまにか、夜になっている。


そんなこんなで、日中のぼんやりを少しでも解消すべく、今年こそ長年の宿願、すなわち、「電車にのってどこか遠くの温泉へ行く」、「温泉へ向かう車中(もちろんボックスシート)で駅弁を食べる」というのを実行にうつしたいものだ。と、ほんの気散じに、山口瞳『温泉へ行こう』(新潮社・1985年→新潮文庫・1988年)を眺めているうちに、あれよあれよと、福島県の奥地にある熱塩温泉へ行こう! とメラメラと燃えているのだった。熱塩温泉へ行くには、東京から新幹線にのって郡山で降りて、磐越西線(郡山と会津若松とで乗り継ぎにそれぞれ数十分かかる)に揺られてやっとのことで喜多方で下車、しかし、まだ先がある。山口瞳が乗った「日中線」はとっくに廃線になっているので、今はバス(本数がとても少ない)に乗らないといけない。喜多方の駅からは30分かかるという。……というような行程を頭のなかで思い描いただけで、旅情(のようなもの)で心はウキウキなのだった。


こうしてはいられない。今はなき「日中線」について、宮脇俊三がきっとなにか書いているに違いないッ、と気になってしかたがないので、イソイソと図書館に出かけてみると、すぐに、『終着駅へ行ってきます』(日本交通公社・1984年→新潮文庫・1986年)という本が見つかった。さっそくガバッと借り出してみると(『宮脇俊三鉄道紀行全集2』角川書店・1999年)、山口瞳は宮脇俊三の本を読んだわりとすぐあとに日中線に乗って熱塩温泉に出かけていた、ということがよくわかった。「日中線」の名称の由来も宮脇俊三の文章で知ったとのことで、宮脇俊三と同じ宿(「笹屋本館」)に泊っている。ワオ! と、ますます心はウキウキ。こうなったら本当に、山口瞳と宮脇俊三のまねをして、「終着駅へ行ってきます」&「温泉へ行こう」ということにあいなった。 



などと、前置きが長いのだったが、鉄道温泉旅行の日がいよいよやってきた! と、ノソノソと寝床をでてカーテンをあけると、今日も絵にかいたような秋日和。家事諸々を万事ぬかりなくかたづけて、スタスタと身支度。あっという間に手抜きの身支度を終わらせてみると、時間が中途半端に余ってしまった。電車でなかや温泉宿で読むのにぴったりな文庫本をみつくろいたいなと思った。


今月のちくま文庫の新刊、岡崎武志『古本病のかかり方』を昨日の昼休みに買って、さっそくコーヒーショップで繰ってみたら急に心がスイング、クイクイとページを繰る指がとまらず、早く続きを読みたいなあと午後はいつもよりずっと動きがテキパキで、夜、部屋でおしまいのページまで一気に読んだ。まったく、なんとたのしいひとときであったことだろう! というふうに、スッカリ岡崎武志モードになっていたところだったので、そうだと思いついて、ひさしぶりに読み返すべく、ちくま文庫の岡崎武志本の最初の一冊、『古本でお散歩』を持っていくことにする。一冊だけでは心もとないので、同じくちくま文庫『古本極楽ガイド』も持っていくことにする。カヴァーと帯をはがして裸本にして、バッグに入れる。


古本病のかかり方 (ちくま文庫)



午前10時、東京駅から新幹線にのって、郡山へ向かう。車中ではコンコンと眠り続けてしまい、計画通りに文庫本が読めず、無念であった。こ、こんなはずでは…。気を取り直して、正午過ぎ、郡山駅の売店でメラメラと駅弁を偵察すると、宮脇俊三が食べたという「小原庄助弁当」がまだ売っている! 「小原庄助弁当」を目の当たりにしたとたん、頭のなかでは「小原庄助さん、なんで身上つぶした〜」が流れ、清水宏の『小原庄助さん』の大河内伝次郎を思い出して、嬉しくってしかたがない。というわけなので迷うことなく、本日の昼食は「小原庄助弁当」とした、……と言いたいところだったが、なんとはなく、隣りに並んでいた栗ごはんのお弁当(名前失念)の方を買ってしまった。


会津若松行きの磐越西線はすでにホームに停車していたので、イノシシのように車内へ突進、無事にボックス席に座れて、よかった。駅弁はぜひとも動いている電車のなかで食べたいので(その方がずっとおいしいと東海林さだお先生が書いていたので)、買ったばかりの駅弁を横目にじっとがまんのてい。数十分後、ようやく電車が動き出して、やれ嬉しや、念願の駅弁を食べた。あっという間に食べ終わってしまった。車窓には、小高い丘や森林やすすき野が続いて、スーッといい気持ち。が、猪苗代湖が見えるのが待ち遠しいなアと思っているうちに、またもやコンコンと寝入ってしまい、目を覚ましてみると、もう終点の会津若松なのだった。この駅で喜多方へ行く電車に乗り換えないといけないのだったが、次の電車が出るのは数十分後。駅弁と一緒にうっかり買ってしまった、明治製菓「きのこの山 みちのく限定(あきたこまち・ササニシキ 米パフ入り)」というのを食べて、おやつの時間とする。


会津若松から喜多方へ向かう電車は2両編成のディーゼル車なのだった。今度はロングシートに座って、ぼんやりと車窓を眺める。正真正銘、ミレーの晩鐘が昼間になった景色が眼前に広がって、ディーゼル車ならではのガタンゴトンという揺れも嬉しく、一気に上機嫌。今度は眠ったりなどせず、心ゆくまでディーゼル車を満喫。ふだんディーゼル車に乗る機会はないので(たぶん)、それだけで非日常なのだった。次々と通り過ぎる、ちょっと見ただけでは「駅」だと判別できないような殺風景過ぎる数々の小さな駅が味わい深かった(ような気がする)。


午後2時50分、喜多方着。熱塩温泉行きのバスは3時半。それまでちょいと喜多方を散歩するとするかなとテクテクと適当に歩く。喜多方は森茉莉が疎開していた町、というわけで「森茉莉街道をゆく(http://blog.livedoor.jp/chiwami403/)」を思い出しつつ、適当に歩く。町の中心は駅からちょっと離れているので、駅の周辺はラーメン屋ばかりが目立つ殺風景な町並み。ラーメンを食べる習慣がないのでラーメン屋を見ても、いまいち共感がわかないのが残念であった。ところどころで、蔵が建っているのが見える。町の人々は蔵への執念が強く、「四十代で蔵を建てられないような男はダメ男」ということわざが当地ではあるのだという、…というような、宮脇俊三の『終着駅へ行ってきます』のくだりを思い出しつつ、適当に歩く。

蔵が多いのは、寒暖と乾湿の差がはげしい盆地で一定の室内環境を保つための知恵だというが、とにかく蔵が多い。蔵といえば倉庫または物置であるのがふつうだが、この喜多方の場合は何でも蔵造りにしてしまう。作業蔵、座敷蔵、店蔵、そして塀蔵、厠蔵まであると案内書に記されている。(宮脇俊三『終着駅へ行ってきます』より)


乗りそびれてしまったら大変なので、早々に駅前に戻って、バスの来るのを待つ。時刻表の時刻になってもバスが来る気配がまったくないので不安になる。しかし、時刻どおりにバスがやってきて、ものすごい勢いで出発。ほかに乗客はいない。途中、町の中心地らしきところを通り、三、四人乗り込んできたが(すべて老女)、すぐに、ほかに乗客のいないバスにもどって、熱塩温泉に向かって、ものすごい勢いでバスは走ってゆく(このバスは行政の援助で運行されている、というようなアナウンスが何度も流れる)。ところどころで味わい深い橋をわたったり、田園風景が広がったりする。ああ、気分は一気に、清水宏の『有りがたうさん』だなア! と、はしゃぐ。温泉宿では、『按摩と女』もしくは『簪』気分にひたれるかしらとも思う。「小原庄助弁当」からはじまって、今日の午後はあちらこちらで清水宏気分なのだなア! と、フツフツと嬉しい。


午後4時過ぎ、無事に熱塩温泉に到着。たどりついただけで、「達成感」なのだった。宮脇俊三と山口瞳とおなじく「笹屋本館」に投宿。宮脇俊三と山口瞳が訪れた頃とまったく変わっていないことがひと目で判別できる古色蒼然たるたたずまいが、ただただ、嬉しい。お寺の内部のような風格あふれる木造建築。廊下の途中で、「ヘチマクリーム」の鏡があって、ワオ! と、これは山口瞳の『温泉へ行こう』に写真入りで紹介されていた鏡だ! と大よろこび。すぐ近くには「松坂屋」の鏡があった。「明治製菓」の鏡は、なかった。



 
山口瞳『温泉へ行こう』「第7話 熱塩温泉、雪見酒」より。《古式ゆかしい笹屋本館の鏡》とある。


近隣を散歩するつもりでいたけれども、投宿したとたん猛烈に眠くなってしまい、コンコンと眠り続け、夕食の時間になって、無理やり起きたものの、いつまでも半分眠っている状態。このままでは温泉に入りそびれてしまう! とさすがに危機感を抱き、寝入らないうちにとイソイソと温泉へ入りにゆき、ぼんやりと長湯。しかし、部屋に戻ると、またもた猛烈に眠くなり、このあと一気に12時間睡眠に突入。こ、こんなはずでは…。持参の文庫本を読んで、くぎりがついたら温泉に入って、また本を読む、というふうにして、温泉宿の秋の夜長をたのしむつもりでいたのに……。ままならぬことであった。