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近代美術館から神保町へ歩き、日没とともに九段会館でビールを飲む。

開館十時ちょうどに到着するように、竹橋の東京国立近代美術館へ出かける。いつもだったら気分よく歩いて出かけるのだけれど、暑さにひるんで、今日は地下鉄にのって出かけた。1階の企画展ギャラリーで《アンリ・カルティエ=ブレッソン 知られざる全貌》展をフムフムと見物したあと、いつもの通りに、4階から所蔵作品展をのんびりめぐる。いつもたのしみにしている4階の特集コーナーが《劉生と麗子》特集だったので、ワオ! と大喜び。ガラスケース越しに劉生直筆の手紙や日記をいつまでも凝視。ここのコーナー、前回は《群集の孤独 1920-40年代の人間像》という小特集が組まれていて、この美術館で見られるとそのたびに嬉しい木村荘八の《新宿駅》とか、初めて目の当たりにしてなんだか大感激だった内田巌の《歌声よ起これ(文化を守る人々)》といった作品が展示してあって、とてもよかった。次回の小特集はその名もずばり《モダン都市 TOKYO》なのだそうで、たのしみなり。…と機嫌よく3階に下ってゆくと、こちらにもいつもたのしみにしている版画と写真の特集コーナーがある。今回は木村伊兵衛の小展示だった。1950年代にカルティエ=ブレッソンの写真と出会って大きな衝撃を受けた木村伊兵衛。木村伊兵衛の戦後はカルティエ=ブレッソンを知ったあとの写真であるともいえる。先ほどまでのカルティエ=ブレッソン展のあとで木村伊兵衛の写真を見ることでやっと自分のなかで今回の展覧会が完結したような感じで、格別の瞬間だった。そして、3年前にこの美術館で満喫した木村伊兵衛展のことを思い出して、なにかと胸がいっぱい。



木村伊兵衛《蓮池、京都》、昭和27年。



それにしても、東京国立近代美術館を4階から2階までのんびりと所蔵作品展をめぐる時間はいつもなんとたのしいことだろう! 暑いなかをゼエゼエとやって来た今日はとりわけ日本画の清涼な色彩にスーッとなった。2階の現代美術もモクモクとなかなかよかった。と、身体のシンまで冷房でひんやりとなったところで、2階のベランダのベンチで持参の弁当をつかう。眼前の皇居の緑をめでながら、お茶を飲んで、いい気分。ひんやりした身体がもとに戻ってジリジリと熱くなってきたところで、奥にあるライブラリーへ移動。カリカリと調べものにいそんだり、たまにさぼって、目に付いた図録を眺めたり。ライブラリーに来るのがたのしみなので、この美術館にやって来るのはいつも土曜日ばかり。ひととおり本日の調べものが済んだところで、最後は、2階のギャラリーで《アンリ・ミショー展 ひとのかたち》。思っていた以上にとても満喫、絶好の締めくくりとなった。



今日の東京国立近代美術館は大充実だった。次回の見物のころには涼しくなっているかなと、機嫌よく炎天下のなかを神保町まで歩く。が、早くもくたびれたので、学士会館で休むとするかなと思っていたら、あえなく夏休み中でがっくりと肩をおとす。しかし、神保町にたどりついてみると、一気に上機嫌。コーヒーなど飲んでいる場合ではない。東京堂でくまなく本を見たあと、そうそう、今日は建築関係の本で探しているのがあるのだったと書泉へ出かけたりなんかしつつ、あちらこちらに足を踏み入れて、新刊と古本を1冊ずつ買った。九段方面へと歩を進めているうちに、そろそろ日暮れ時。今日はコーヒーは飲めなかったけれど、ビールがある! と、イソイソと九段会館へ出かけ、屋上のビアガーデンでビールを飲んだ。2年ぶりの九段会館。接客(突っ込みどころ満載)もバニーガールも2年前とまったく変わることなく、フツフツと嬉しい。今日という日はまさにこの瞬間のために存在していたといえそうなくらいに、ビールがとてもおいしかった。機嫌よくビールを飲んでいると、夕刻の空がだんだん暗くなってきて、いつのまにか日が暮れていた。




こちらは、なんてチャーミング! な、朝日麦酒株式会社の昭和25年の暑中見舞葉書。《暑中御伺申し上げます 昭和二十五年盛夏》とある。ビールと三ツ矢サイダーの夏。九段会館のビアガーデンはアサヒではなくてキリンだったっけかな。