双雅房の『甘味』を繰って、戦前銀座の明治製菓のパラソルを想う。

朝。喫茶店でコーヒーを飲んで、目を覚ます。昨日買ったばかりの、ジョージ・エリオット/工藤好美・淀川郁子訳『ミドルマーチ』第1巻(講談社文芸文庫、1998年)を読みはじめてみると、さっそくとてもおもしろくて、ページを繰る指がとまらない。全4冊なのでまだまだページは続く。愉しき哉。『ミドルマーチ』については内田光子さんが素晴らしいと言っているのをインタヴュウで見て以来、ずっと気になっていたのだった。



夜。先週末に国会図書館にて、内田誠『水中亭雑記』(私家版、昭和8年1月発行)をじっくり繰った余波はいつまでも続くのだった。戦前の明治製菓の PR 誌「スヰート」のアンソロジー、双雅房の『甘味(お菓子随筆)』(自作の目次ファイル:http://www.on.rim.or.jp/~kaf/carnets/books/sweet.html)を寝ころびながら、繰る。「芥子落雁」という文章で内田誠が言及していた、「久保田さんが私どものパンフレットに寄せられた文章」もきちんとこのアンソロジーに収録されていた(「甘いものの話」昭和2年4月・6月)。図書館でカリカリととったノートを参照しつつ、久保田万太郎の小文を読んで、実にいい心持ち。


内田誠の『水中亭雑記』で「スヰート」のことが登場する文章はもうひとつ、「菓子・喫茶」という一文があった。その書き出しは、

わたしどもの社でだすちいさなパンフレットに御執筆を給わった久米正雄、岸田國士、木下杢太郎の諸名家の巴里の菓子を追想された文章にはそろってマロン・グラッセのお話が出てきた。亦、時々画家文人と語るの栄を有する折など、談菓子に及べば、往々にして口にのぼるのもマロン・グラッセだ。つい先日も高田保氏からこの菓子にまつわる思い出を拝聴したばかりだった。

というふうになっている。というわけで、『甘味(お菓子随筆)』より諸名家による巴里の菓子を追想された文章、木下杢太郎の「巴里点心舗」(昭和4年4月)、岸田国士「甘い話」(昭和5年7月)、久米正雄の「甘き世の思い出」(昭和7年3月日)を次々に読んだりしたあと、最近のわがお気に入りの甘味、ラムレーズンがのっかったアイスクリームを食べた。




明治製菓銀座売店のマッチラヴェル。内田誠の「菓子・喫茶」で、《夏になると銀座にふかぶかと、大きな日覆いがつるされる。埃っぽい舗道に平和な影ができてかなり美しい。あの下を歩めば人々一つの屋根の下にある心持となり、何か袖すりあうも親愛な心持が起る。そこで欲がでることは喫茶店も巴里のように店の前に日覆いをはり卓子や椅子をならべてみたいと思うのだ……》という一節を目にしたとき、まっさきに思い浮かんだのが、戦前の銀座三丁目の明治製菓売店だった。




福田勝治『銀座』(玄光社、昭和16年7月5日発行)に上のマッチと同じ店をとらえた写真があって、実にうつくしい。《銀座三丁目の明治製菓へ夏行くとパラソルの下でお茶を飲ませる。パラソルには夏の日があたり、そして皆海を想う。》とある。今の松屋の場所に伊東屋があって、明治製菓の銀座売店はその隣り。