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内田誠の句集が届いて、あらためて明治製菓タイアップ映画を思う。

朝っぱらジメジメと、いかにも梅雨の週明けなので、早々に外出して気晴らし。喫茶店へゆき、コーヒーを飲んで、本を読む。先週末やっと順番がまわってきて図書館でわーいと借り出したばかりの、金井美恵子『楽しみと日々』(平凡社、2007年4月)をホクホクと繰って、前々から気になっていたウィルキー・コリンズを急に読みたくなったので、忘れないように手帳にメモ、小津安二郎の『東京暮色』における山田五十鈴をあらためてじっくり見つめなくてはならぬ、忘れないように手帳にメモ。……というようなことをしたあと、成瀬巳喜男『君と別れて』(昭和8年・松竹蒲田)の電車で移動する映像についての、

サイレントの『君と別れて』(’33)の、主人公の中学生と若い娘が娘の生家を訪れるために電車に乗り、そのわずかな距離の様々な意味で印象的な小旅行は、家族を養う金のために地方の置屋に身売りする若い芸者と主人公の別れの哀切さを見事に演出するのだが、しかし、この二人が並んで座って走っている車内に向かって、微妙な速度で移動しながら、海に近い田園地帯を走る電車の全景をとらえ、徐々に電車に近づき、窓を通り抜けて二人のバスト・ショットにまでカット無しに迫って行くカメラは、いったい、なんだろう!

というく一節に、ジーンと放心しているうちに、時間になる。去年フィルムセンターで見たときのことを追憶してひたすら陶然となる。このシークエンスで「明治チョコレート」のパッケージが映し出されて、「あっ」と明治製菓タイアップ映画の系譜(のようなもの)に胸が躍ったことも懐かしい。


なんとか無事に日中の活動が終わり、こうしてはいられないと、イソイソと丸善へゆく。平日の日没時、吹き抜けの長いエスカレーターで丸善の上に上がってゆく時間はいつだって格別。文房具売場で近日中に届くであろう古本用に補修用具を購い、洋書売場を一通りフラフラしたあと、下の階へ。文庫本売場でまずはコリンズを物色、買おうと思ったときはいつも品切れている岩波文庫、やはり『白衣の女』は目録に載っておらず、でもこちらは無事にあってよかったと、コリンズ/中島賢二訳『夢の女・恐怖のベッド』(岩波文庫)を手に取って安心したところで、もう少しなにか未読の長篇を読みたい気分だなア、ウムどうしようとなり、突発的にジョージ・エリオット/工藤好美・淀川郁子訳『ミドルマーチ』(講談社文芸文庫)の第1巻を買うことにする。




先週、石神井書林から、内田誠『水中亭句集』(春蘭発行所、昭和15年3月発行)が届いた。長年入手を望んでいた本を買うことができた。生きていればたまにはいいことがあるものだなアと、ジーンと払込用紙に住所氏名を記入するのだった。



内田誠『水中亭句集』(春蘭発行所、昭和15年3月10日発行)。戸板康二は昭和14年4月に明治製菓宣伝部に入社し、内田誠宣伝部長のもとで PR 誌「スヰート」の編集に従事すると同時に、内田誠の私設秘書的な仕事もすることで、若くして多くの文人・画人の知遇を得た。戸板康二『句会で会った人』(富士見書房、昭和62年)にこの『水中亭句集』の校正を担当し、誤植に真っ青になるくだりがある。内田誠の句集はもう一冊、『影青集』(私家版、昭和16年5月)があるが、未見。『句会で会った人』には、《二冊とも、その時代の最も贅沢な用紙を使い、簡素だが洒脱な装本が、内田さんの好みを示していた。そうした本造りの上でも、久保田万太郎のまねをしていたようだ。ついでにいうと、万太郎の句集は、すべてハイカラで、明るく都会的な感覚を持っていた。》というくだりがある。


と、『句会で会った人』を読んでいてもたってもいられず、国会図書館へ『水中亭句集』を閲覧に行ったのは何年前だったかなと、土曜日、ひさしぶりに国会図書館へ出かけた。ずっと探しているけれどもなかなか見つからない、内田誠『水中亭雑記』(私家版、昭和8年1月25日発行)を閲覧。小村雪岱装幀の小型本という造本がいかにも久保田万太郎好みでかつ内田誠好みなのだった。いつかの入手を夢みつつ、じっくりとページを繰った。

「むかしは芥子落雁、いまはベビイシュークリーム……」
これは久保田さんが私どものパンフレットに寄せられた文章の一節だが、芥子落雁はいかにも文字の上からして傘雨好みのように思われる。

という書き出しの「芥子落雁」と題した小文で、「コロンバンのプチフール――摘み洋菓子――」に頬を緩める久保田万太郎、その文学に下町趣味などというものではなく《ほのかに海彼岸の芸術をしのばせる何ものか》をみる内田誠のまなざしが嬉しかった。繊細な都会句、みんな大好き久保田万太郎、なのだ。すばらしき、いとう句会! と、いつもいつも思う。


ここにある「私どものパンフレット」というのが明治製菓の PR 誌「スヰート」のことで、『水中亭雑記』には明治製菓の宣伝部の仕事をうかがわせる挿話がたまにひょろっと登場していたのが、また嬉しかった。特に嬉しかったのが「映画と広告」という文章。《世間一般の楽屋落ちとしてフィルムに商品の広告は撮影されていいわけである。》と書いたりしたあと、「広告を地口のように扱う」「微笑ばかりで反感がない」江戸の山東京伝の時代を「羨ましく望見」して締められているのだった。



『水中亭雑記』と同時代の映画として、小津安二郎『淑女と髭』(松竹蒲田・昭和6年1月撮影)の一場面。「明治チョコレート」の広告に「微笑」。