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串田孫一旧蔵のカラーブックスにはさんであった戸板康二の葉書

水曜日は毎週、ひとつ前の駅で降りて自宅の最寄りの図書館に寄る。と、今日も本とヴィデオを返して予約していた本を引き取って、食料品を調達して帰宅すると、石神井書林の目録が届いていて、とたんに胸が高まる。食材を冷蔵庫にしまい、部屋着にきかえて、手洗いとうがいをすませて、洗濯物をとりこんで、部屋の窓を開け放って空気を入れ替える。夕食の支度をあとまわしにして、石神井書林の目録を繰ってみると、戦前の明治製菓のPR誌「スヰート」昭和8年から15年まで12冊セット73500円の文字を見つけてしまい、激しく動揺する。ふうっとため息をついたあと、心ここにあらずという感じで適当に繰ってゆくと、今度は資生堂化粧品部発行私家版『銀座』(大正10年)石黒敬七旧蔵本31500円の文字をみて、ふたたび激しく動揺。へなへなと夕食の支度に着手、ヌルヌルと長芋を切りながら気持ちを落ち着ける。もやもやと夕食づくりを進めて、大根をおろそうとするところで、ようやく平常心に戻る。時節を待つのだ。と、支度がひと段落ついたところで、椅子にすわって、石神井書林の目録をふたたび繰る。今度は心穏やかにじっくりと繰ってゆく。すると、あるページで長年の探求本を発見、値段はあきつ書店の半額以下だ。夕食の片づけが済んだあと、注文のファックスを送る。無事に届きますように!



先週届いた月の輪書林の目録で注文したものが週明けに届いた。4点の注文のうち、1点はずれ。大方の予想通り、一番欲しい本が外れるという結果になった。くやしいので書名はここには書かない。国会図書館にも近代文学館にも演劇博物館にも戸板女子短大図書館にも所蔵がない本なのだった。ああ、欲しかった……。と、あいかわらず往生際が悪いのであったが、さてさて、気を取り直して、届いたもののうち一番嬉しかったのが、串田孫一宛献呈署名本、カラーブックスの戸板康二『歌舞伎』(昭和40年2月発行)に戸板康二のハガキが1枚はさんであるというもの。勢いにのってついうっかり注文してしまったが(手持ちのカラーブックスが初版ではないので、と無理やり動機づけ)、いざ手にしてみると、わーいわーいとたいへん嬉しい買い物だった。



昭和40年3月13日付、串田孫一宛戸板康二ハガキ。この年1月、年明け早々に戸板さんは演劇代表団の一人として、北京と上海を訪れている(その折の七草の日に北京にて花柳章太郎の訃報をきく)。その北京で購ったであろう京劇の絵葉書を使って串田孫一にカラーブックス献呈の挨拶をしたためている。通信面の裏には《最近の北京の京劇には、こういうメーキャップなく、さびしい気がしました。》と添え書き。ところで、戸板康二の書簡の類はたいてい「目黒局」の消印だ。外出の折りに洗足駅前のポストに投函していたかな。洗足駅前のポストというと、戸板康二の追悼文集『「ちょっといい話」で綴る戸板康二伝』(1995年1月23日発行)に、吉行淳之介の「洗足駅前のポスト」というタイトルの文章が「遺稿」として収録されている。今月のちくま文庫の新刊、『懐かしい人たち』にぜひとも追録をお願いしたかったような佳品なのだった。