芦屋で東京の昔の帝国ホテルを思い、神戸の古きバーで竹中郁を思う。

梅田駅へ向かう道すがら、堂島アバンザのジュンク堂にて「図書」を入手、阪急電車に乗り込んで、「図書」をペラペラと繰りつつ三宮へ向かう。芦屋川で途中下車して、わーいわーいとまずは滴翠美術館へ向かって、テクテク歩く。


滴翠美術館のことを知ったのは、戸板康二『いろはかるた』(駸々堂ユニコンカラー双書、昭和53年12月)がきっかけだった。一見どうってことのないような小さな本なのだけれども、戸板康二のサラリとした文章とともにひとたびじっくり図版を眺めてみると、頬が緩むこと必至、尽きないたのしみがある。この本で使われているカルタの図版がどれもこれもチャーミング、滴翠美術館のことはその所蔵先として知ったのが最初だった。当時、芦屋リバーサイドストーリー(http://www.city.ashiya.hyogo.jp/shizen/river/r01.html)を見て、まア、細雪! とさらに胸を躍らせることとなり、いつの日か芦屋川沿いをのんびりお散歩できたらいいなと思った。と、あれから幾年月、今、夢が叶おうとしている。ズンズンと急な坂道をのぼって、ゼエゼエと念願の滴翠美術館にたどりついた。駅からここまで歩く途中の住宅見物もそこはかとなくたのしく、いかにも「阪神間モダニズム」、…のような気がする、と、それだけで大喜び。東京山手育ちの戸板康二の実家が阪神間にあったのは昭和7年から昭和12年まで。「阪神間の戸板康二」ということが前々から大きな関心事、滴翠美術館の建物はちょうど昭和7年の施工なのだという。


……と、機嫌よく滴翠美術館の敷地にたどりついたのはよかったのだけれども、あたりが美術館の入口とは思えないほど閑散としている。ハテ面妖な、あたかも閉館日のようではないかと思っていたら、ああ、なんということなのだろう、受付のご婦人がおっしゃることには、本当に休館中なのであった。よくよく確認してみると、滴翠美術館は年中開館しているというわけではなく春季と秋季のみの開館で、春季の開館はあさっての3日からなのだという。とにもかくにも、シオシオと退散するしか、ほかにしようがない。今回の京阪神観光、一週間日程が早かったかも。トボトボともと来た坂道を下って、左折。外に出てみると、やっぱり住宅見物がたのしいなあと、少し気持ちが上向きになったところで芦屋川にさしかかる。あ、川沿いの桜が満開。思いがけなくチラリとお花見ができて、よかった。やっぱり、この日程でよかったのだと気を取り直しつつ、芦屋川を渡って、ふたたび坂道をゼエゼエとのぼって、次なる目的地は、ヨドコウ迎賓館(http://www.yodoko.co.jp/geihinkan/)なり。こちらは無事開館していて、やれ嬉しや。


ヨドコウ迎賓館は室内のところどころに見どころたっぷりなのはもちろん、高台からの眺望がすばらしくベランダに長居して、しばし海の方を眺めて、たのしい。生命が延びるような心地がする。旅行者ならではの開放感でスーッと上機嫌。しかし、ヨドコウ迎賓館の空間に居合わせているとおのずと、思い出づるはライト設計の帝国ホテルで、阪神間にいながらにして東京の昔のことを思って、胸がいっぱい。黄土色の煉瓦と白い大谷石。オリエンタルなモティーフ。ル・コルビュジエと対照的なその装飾性。戸板康二が幼少のころよりしばしば訪れたという古き帝国ホテルのことを急に思って、建築そのものというよりも戸板康二のいた東京の昔のひとコマとしての帝国ホテルのことを思って、じんわりと嬉しかった。近々、オールドインペリアルバーへウィスキーを飲みに行こうと急に思う。


芦屋川沿いを桜の花の満開の下、テクテクと駅に向かって歩いて、気持ちがふわふわ。このまま阪神の駅まで歩きたい気持ちを振り切って、ふたたび阪急電車にのりこむ。途中幾度か途中下車して、三宮で下車。夕刻、はじめてじっくりと神戸の町を歩いて、いつまでも気持ちがふわふわだった。



小磯良平画の昭和8年11月に開催の第1回「神戸みなと祭り」のポスター。竹中郁『私のびっくり箱』(神戸新聞出版センター、昭和60年)口絵より。シルクハットの男が若き日の竹中郁。足立巻一『評伝 竹中郁』(理論社、1986年)によると、当時、町のいたるところにこのポスターが張りめぐらされていたとのこと。戸板青年も、神戸の町でこのポスターを見たのかな、どうかな。



夜、ワインをグビグビ飲み、外に出て酔い覚ましがてら、雨上がりの神戸の町を歩いた。日曜日なのでむずかしいかなと思いつつも、店構えだけでも見物しようと「アカデミーバー」の前に行ってみると、やれ嬉しや、営業中のご様子。えいっと店内に足を踏み入れて、ハイボールを2杯。震災で真ん中がひび割れてしまいつつも、壁画は健在で(http://www.kobe-np.co.jp/rensai/200403takenaka/05.html)、とびきり素敵だったのが、真ん中にデンと描かれた、竹中郁によるこうもり傘だった。目をこらすとうっすらといかにも小磯良平のタッチの女性画が同じ壁面に。酔っ払いながらふらふらといつまでも上機嫌に眺める。


★ 神戸新聞 Web「詩人さんがいたころ 生誕百年・竹中郁の神戸」:http://www.kobe-np.co.jp/rensai/200403takenaka/index.html


阪急電車の車窓で今回嬉しかった眺めのひとつが、王子公園の観覧車。途中下車して乗りに行きたい衝動に駆られた。昔ながらの「遊園」がこのごろなんだか好きだ。あとで知ったところによると、王子公園には神戸文学館(http://www.kobe-np.co.jp/info/bungakukan/index.html)が隣接していて、ここには竹中郁コーナー(http://www.kobe-np.co.jp/info/bungakukan/takenaka.html)もあるのだった。この先、何度でもあるのは確実の阪神遊覧。滴翠美術館とともに未来のおたのしみとあいなった。