槌田満文を読んでアドバルーンに思いを馳せ、フィルムセンターへ。

お弁当箱に黒米ごはんと昨日のおかずの残りをつめて、いつもとそんなに変わらない時間に外出。京橋図書館に出かける。地域資料室でちょいと調べものを済ませたあと、しょうこりもなく何冊も本を借りて、タリーズに移動。時間までコーヒーを飲みながら、借りたばかりの本を次々に眺める。一週間後に迫った京阪神行きに備えて海野弘『モダン・シティふたたび―1920年代の大阪へ』(創元社、1987年)を繰って目をランランと輝かせた、その次に、保昌正夫がチラリと紹介していたのを見て知った、槌田満文『文学にみる広告風物誌』(プレジント社、1978年)をホクホクと繰った。槌田満文がかかわっている本(解説だけでも)は好きな本ばかり、というのが長年の自分内法則なのだった。広告気球、すなわちアド・バルーンが東京人の目に親しいものとなったのは震災復興後の昭和初期、というくだりで、鈴木信太郎の《東京の空》のことを思い出して、ジーンと嬉しい。



と、そんなわけで、鈴木信太郎《東京の空(数寄屋橋付近)》昭和6年、を再掲して悦に入る。モダン都市の風物のひとつだったアド・バルーン。槌田満文が紹介していた本、「二・二六」の年に刊行の十一谷義三郎『あど・ばるうん』(改造社、昭和11年12月)が欲しいッと手帳にメモ(トあとで検索するとまたもや「あきつ」で……)。久保田万太郎の『花冷え』(初出:「中央公論」昭和13年6月)に「今日も空にはアドバルン」という台詞があると知って、胸がキュンとなる。久保田万太郎の文章に通底する、大正期から昭和にかけての東京人のモダンさ、というものに思いが及んで嬉しい。ひさしぶりに読み返そうと思った。ので、メモ。アドバルンがゆらめく東京の空の下、明治製菓で刊行されていた PR 誌「スヰート」のことも、『文学にみる広告風物誌』にはしっかりと言及があって、嬉しい。内田誠『銀座』(改造社、昭和15年)を繰りに京橋図書館の地域資料室に引き返したくなってしまったけれども、これからフィルムセンターに行かねばならぬのだった。後日のたのしみにとっておくことにする。



正午過ぎ、タリーズを出てフィルムセンターへ。無事に座席を確保して安心したあとで、1階のロビーでお弁当を使う。お弁当持参の映画館行きは、閉館間近の1998年に並木座で立て続けに小津、黒澤、成瀬の特集上映に通ったとき以来かも。懐かしいなア! と心のなかではしゃぐ。と、昼食を無事に済ませて安心したあとで、本日の上映作品は、伊丹万作『巨人傳』(昭和13年・東宝)なり。『レ・ミゼラブル』の翻案、ジャン・バルジャンは大河内伝次郎で、ジャベール警部が丸山定夫、キャー! と、それだけでもう無視はできない、なんとしてもスクリーンで見たかった映画。今回の《シリーズ・日本の撮影監督(2)》特集のチラシを入手したときは大喜びであった。無事に見られて、やれ嬉しや。今回の撮影監督は安本淳。安本淳の今回の上映作品は、『巨人傳』(昭和13年)、市川崑『足にさわった女』(昭和27年)、成瀬巳喜男『娘・妻・母』(昭和35年)というふうになっている。あとの2本は見たことのある映画なので、安本淳を通した「プチ東宝史」のようなものが興味深いのであった。伊丹万作の『巨人傳』、あちこちで大喜びだった。コゼットの原節子が家庭教師と散歩しながら英語のお勉強をするシークエンス、町の風景のあちらこちらでアルファベットが浮かび上がるところの洒落ッ気ににっこり。大河内伝次郎の時代劇のときと違うような、でも同じような威風堂々ぶりがファンとしては嬉しく、終盤の戦意高揚風の戦闘シーンを乗り越えたあとでの、滝沢修とふたりで酒を酌み交わす(だったかな)ラストシーンが「ファン感謝デー」といった趣き。大サービス。


と、伊丹万作の『巨人傳』を見て、いったん外に出る。INAX の本屋で立ち読みをしていたら、うっかり時間が迫ってしまった。ふたたび、フィルムセンターに戻って、次の上映は、佐分利信『叛乱』(新東宝・昭和29年)なり。撮影監督は五所平之助『人生のお荷物』(昭和10年)とおなじ小原譲治。松竹蒲田撮影所の出身、チラシに《水谷文二郎や三浦光雄らとともに「蒲田調」のモダンな撮影を形作った》とある。前回の3年前の《日本の撮影監督(1)》特集で、とりわけその名を心に刻んだのが水谷文二郎と三浦光雄だった。先程の安本淳とおんなじように、小原譲治を通した「プチ映画史」というのが、まずはとても興味深いのだった(松竹蒲田出身で、東宝から新東宝、引退時は大映で仕事をしている)。さらに! 『叛乱』は佐分利信の監督。佐分利信の監督作品を可能なかぎり全部見たい、というのが日本映画における長年の大きな願いのひとつ(と言いつつ、『愛情の決算』しか見たことがなかった。『慟哭』が気になる…。)だったので、『巨人傳』とおなじく、今回のチラシを入手したときは大喜びであった。その大喜びの期待に違わず、映画もずいぶん満喫。重厚感たっぷりの男優映画。顔ぶれが嬉しい。山村聰の『黒い潮』を彷彿とさせるような俳優のよろこびがたっぷりの映画だった。俳優の監督作品の系譜、というようなものを思う。『黒い潮』とおんなじように、数少ない女優陣の津島恵子のよさが際立っていて、津島恵子は男優によく映える女優だなと思う。


スクリーンでも雪景色のなか、アド・バルーンがゆらめいていた。映画を見ると、いつもビールを飲みたくなる。『叛乱』で頭のなかはすっかり「二・二六」一色。ズンズンズンと、とにかくも頭のなかは「二・二六」一色であったので、そうだ、夏季以外は桜が咲いているときだけ九段会館のビアガーデンが営業しているという。なにしろ頭のなかは「二・二六」一色だ。九段会館に行きたくてたまらない。と、そんなわけで、張り切って九段会館に出かけてみたら、ビアガーデンは開いておらず(開花日から営業、とあった)、残念なことであった。しかしビールへの思いはたちがたく、目白通りをズンズンズンと直進して、ビールを飲む。映画のあとはいつもビールがおいしい。



帰宅後、三國一朗『証言・私の昭和史 (2) 戦争への道』(文春文庫)の二・二六事件に関するところを読みふけり、いつまでも頭のなかは「二・二六」一色なのだった。十一谷義三郎の『あど・ばるうん』がとっても欲しい。