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東京會舘でマロンシャンテリーを食べ、東京堂で本を買う。

所用が済んで、昼下がりの丸の内。よいお天気であることだし、今日は風も穏やかだ、神保町までのんびり歩くとするかなと思ったところで、ふと東京會舘のことを思い出した。ティーラウンジのいかにも瀟洒な様子が通りかかるたんびに窓の外からも伺えて、日頃は日没後に前を通りかかることが多いので通りかかるたんびに心境はまさしくマッチ売りの少女だった。そうだ、今日は時間がたっぷりだし、東京會舘に行ってみようかなと思い立った、のは、ちわみさんのねこそぎ記念(http://blog.goo.ne.jp/chiwami403/)の「東京會舘のマロンシャンテリー」に見とれていたばかりだったから。……というわけなので、勢いにのって、東京會舘に足を踏み入れて、ティールームでのんびり。コーヒーをすすりながらマロンシャンテリーを食す休日の午後。マロンシャンテリーを口にするその時間の、なんと優雅なこと! と、そのちょいと非日常な時間につい大はしゃぎ。陶器はノリタケ製だ、ちょうど1年前に出かけた東京ステーションホテルでも陶器はノリタケであった。その空間に居合わせると触覚できる(気がする)古きよき東京というようなもの、文士が談笑するのに似つかわしい雰囲気は、あのときの東京ステーションホテルとまったくおんなじなのだなあとジーン、いつまでも嬉しい。

(→参照:ねこそぎ記念 > 東京會舘のマロンシャンテリー:http://blog.goo.ne.jp/chiwami403/e/28285f1188d6718283c875d34e065f48


東京會舘といえば、戸板康二もなにかしらの会合で何度も足を踏み入れた「戸板名所」のひとつなのだった。その会合のあとさきに気のおけない仲間とふと顔を合わせてティールームでちょいとひとやすみしたこともあったに違いない。コーヒーか紅茶片手に談笑していた折に窓から見えるお濠の様子は今もそのまんまなのだ。…というようなことを思っているうちに、マロンシャンテリーは最後の一口となった。いつまでものんびりしたいなあという思ってしまう居心地のよさ(サービス料込みでちょうど1500円、というのは十分もとがとれている)だったけど、えいっと外に出て、猪熊弦一郎の壁画を見物して、2階にこっそり上がって、壁に飾ってある梅原龍三郎の絵を眺めたり、いつの日か久保田万太郎がごひいきだったというプルニエでお食事したいなあと夢想したりする。


青い青い空の下、テクテクと機嫌よく、神保町まで早歩き。先日急に欲しくなった、岩本憲児編『時代劇伝説――チャンバラ映画の輝き』(森話社、2005年)を買いに3階に行く、その途中、壁に貼ってある書評欄を凝視。毎日新聞書評欄の吉田秀和さんの「私のお気に入り」にジーンとなる。3回ほど読み返す。計画通り、『時代劇伝説』を手中に収めたところで、新刊コーナーに発売を心待ちにしていた、如月小春『俳優の領分―中村伸郎と昭和の劇作家たち』(新宿書房、2006年)が1冊だけひっそりとささっているのを発見、いつのまに出ていたのだろう、「えー!」と声が出そうになった。アクセスで買おうと思いつつも、待ちきれずにこちらもつい購入。今日は大収穫だわいと外に出ると、もうすぐ日が暮れようというところ。


帰宅後、夕食の支度もソコソコに、買ってきた本を眺める。



時代劇伝説 チャンバラ映画の輝き(日本映画史叢書 4) 


「日本映画史叢書」の一冊、『時代劇伝説』は以前、図書館で借りて卒読してなかなか面白かった(気がした)ので、手元においておくことに。ペラペラと読み返して、伏見直江の写真に見とれる。三國一朗が《小学生のころは伝次郎に震えたけど、現在は伏見直江にふるえる》と書いているのを見て以来(『三國一朗の人物誌』毎日新聞社、昭和57年)、「わたしももっと直江に震えたい!」と思ったものだった。伏見直江を見たい。


俳優の領分―中村伸郎と昭和の劇作家たち


いつの間に出ていたのかなと思ったら、奥付は12月19日で、如月小春の七回忌なのだという。よくぞこういう本が出てくれたと心から思う。ペラペラと繰って、中村伸郎を通して見る演劇史および映画史の一環、ということで、やっぱり小津安二郎の DVD ボックスが欲しい! と物欲が煮えたぎるのだった。それはさておき、じっくりと読むのがたのしみな本を手にした瞬間はいつも格別。