銀座でウディ・アレンの『マッチポイント』を見る。

早起きして早々に外出。喫茶店で、長谷川郁夫『美酒と革嚢 第一書房・長谷川巳之吉』(河出書房新社、2006年)をひたすら読み続け、「早稲田文学」連載分の第一部を読了したところで、ちょうど時間になる。

昼、お弁当もそこそこに、コーヒーショップへゆく。読了したばかりの『美酒と革嚢』の第一部のノートをとる。大正12年創業の第一書房、巳之吉の創業4年間は彼の「わが大正」の詩的共感を覚える詩人たちの全詩集をまとめた年月であった、岩波書店の漱石『こゝろ』大正3年からほぼ10年の年月のなかでの「青年の感受性の変化」とは? 福原麟太郎の「百年の回顧」にある丸善描写、「二代目の時代」、大正期とは「演劇の時代」であり「個性の時代」であり「文士の芸術家意識」の時代であり、「新演芸」の玄文社にいた巳之吉、巳之吉にとって芝居に熱中するということは「東京」に触れるということであった……云々。


夜、シネスイッチ銀座でウディ・アレンの『マッチポイント』を見る。ウディ・アレンの新作を見るのは何年ぶりだろう。見ているうちに、昔好きだった『重罪と軽罪』を猛烈に思い出して懐かしい。『重罪と軽罪』にはマーティン・ランドーが出ていたのであった(ついでに、『エド・ウッド』のマーティン・ランドー、ナイスだったなあと懐かしい)。『重罪と軽罪』ではシューベルトの弦楽四重奏第15番(この曲大好き)の使われ具合がたいへん見事だったけど、今回の『マッチポイント』も音楽づかいにホクホクだった。主にオペラのアリアが使われていたのだけど(たしか)、まさしくオペラのような、映画のなかの意識的紋切型パッショネイトと絶妙に調和していて、ニンマリ。ウディ・アレンの映画はエンドクレジット(いつも黒の背景で白文字)で目をこらして音楽を確認するのが毎回たのしかったものだった、と、ちょくちょくウディ・アレンの映画を見ていた頃の感覚が鮮やかによみがえって、なつかしかった。


『マッチポイント』に登場のワインの銘柄を覚えておこうと思っていたのに、帰宅するころには、すっかり忘れていた。予告編でカポーティの映画を垣間見て、急に『カメレオンの音楽』を読み返したくなって懐かしがっていたばかりなのだけれど(なんだか懐かしがってばかりだ)、近日中に古本屋に引き取ってもらうべく積んであった本の一番上にハヤカワ epi 文庫があるのを見つけて、とっくに売っていたと思っていたから、思いがけず手に取ることができて、よろこぶ。『カメレオンの音楽』をペラペラと読み返しつつ、就寝。