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青山光二の聞き書きを読み、徳田秋声と野口冨士男が届く。

朝の喫茶店で、読みさしの大川渉『文士風狂録 青山光二が語る昭和の作家たち』(筑摩書房、2005年)を繰る。「ちくま」連載中にほとんど読んでいたのだけど、『食べない人』のあとで読み直してみると、また新たな感慨があるのだった。青山光二自身の文章を読んだ直後だったので、青山濃度を欲する身としてはどうしても聞き書きはコクが少ないというきらいはあるのだけれども、聞き書きそのものはなかなか巧みで、読み物としておもしろい。芝木好子の「ガールフレンド」描写がいいなアと思う。「人に歴史あり」に芝木好子が出演したとき、ゲストは青山光二と佐多稲子のふたりだったという。ある日、野口冨士男と八木義徳が「芝木さんの小説に出てくる芸術肌の男は皆青山がモデルになっている」と青山光二に指摘しているくだりがまた、いいな、いいなと思う。芝木好子の小説を読むたのしみがまた増えた。

昼、本屋へゆく。「一冊の本」を入手し、まっさきに小倉千加子の連載を見てみると、今回は宝塚ネタが皆無で、不満であった。広告で、高橋英夫の新刊(漱石本!)のことを知り、胸躍らせる。

というわけなので、日没後、丸善に寄り道。高橋英夫著『洋燈の孤影  漱石を読む』(幻戯書房、2006年)を手に取り、まずは往年の小沢書店を彷佛とさせるうつくしく高雅なたたずまいにうっとり。機が熟したらぜひとも買いたいものだと思う。高橋英夫は新刊が出るたびに毎回必ずたいそう胸躍らせているのだけれども、なかなか機が熟さなくて、買う機会がなかなかやってこないのだった。買える日が来たら嬉しいなと思う。

帰宅すると、扶桑書房より、徳田秋声『思ひ出るまゝ』(文学界新社、昭和11年)が届いていた。もう1冊の注文品、加能作次郎『世の中へ』(桜井書店、昭和16年)は売り切れで無念なり。ま、次の機会を待とうと気を取り直して、『思ひ出るまゝ』の奥付を眺める。発行者野々上慶一の活字がフツフツと嬉しい。さっそく読み始めてみると、「大草氏」の名前が登場し、彼と菊池寛のすすめでなにか自叙伝的なものを「文藝春秋」に連載することになった、とあった。大草実(嵯峨信之)は前々からひそかに追っている人なので、またまたフツフツと嬉しい。

というようなことをしていると、ピンポーンともうひとつ、郵便物が届く。週末に注文した、野口冨士男『徳田秋声伝』(筑摩書房、昭和40年)と『徳田秋声の文学』(筑摩書房、昭和54年)が2冊一気に届いた。わーいわーいと、大喜びしつつ、気もそぞろに中身をチェックすると、野口冨士男の切り抜きが数枚ハラハラと舞い落ちてきて、1枚1枚じっくり眺めて、またもとに戻す。

『徳田秋声の文学』の『仮装人物』の項をじっくりじっくり途中まで読んで、就寝。