サッカレー『虚栄の市』と『青年芸術派・新作短篇集1』を読了する。

朝、目が覚めると、ひさしぶりの青空。機嫌よく洗濯をして、イソイソと外出。喫茶店でサッカリー/中島賢二訳『虚栄の市』第4巻(岩波文庫)を繰る。ここ四週間読み続けていた、サッカレーの『虚栄の市』をとうとう読み終える。ラストが近づけば近づくほど、がまんできずにずいぶん駆け足で読んでしまったけれども、おしまいの方ではサッカレーの筆致もずいぶん駆け足だった。それはともかくとして、全4巻のすみからすみまで、なんておもしろい小説だったことだろう! 漱石に影響を与えたというのがいかにもな「世間」描写がたいへんわたくし好みなのだった。好きな長篇小説を読み終えたときの達成感と喪失感とが入り交じったちょっと切なくもある読後のひとときはいつだって格別だ。訳者解説を読んだあとペラペラと、アルファベットをあしらったサッカレー自身による挿絵を眺めて、ぼんやり。コンラッドでも満喫だった中島賢二の訳がたいへん見事であった。次回の中島賢二翻訳本が今からとっても待ち遠しい!


日中の外出の折に、京橋図書館で借りて大切にカヴァーをかけて持ち歩いている『青年芸術派・新作短篇集1』の、未読の最後の2篇、船山馨「信天翁譚」と牧屋善三「矩形の空」を読む。両者の作品を読むのは今回が初めて、これまた「都会派風俗小説」の極致で、なかなかの佳品。とりわけ船山馨の高雅な筆致がとてもよかった。牧屋善三を読んで、平日日中にいつも見ている自分内「矩形の空」を思う。


野口冨士男読みの参考文献として、軽い気持ちで借りたのだったけど、『青年芸術派・新作短篇集1』(明石書房、昭和16年4月5日発行)は思っていた以上に深い読後感を残すこととなった。この時代に自らの信念で自らの文学活動を実践している若き彼らの営為。

  • 青山光二「善理教諭」
  • 井上立士「男女」
  • 田宮虎彦「春の日抄」
  • 野口冨士男「桃の花の記憶」
  • 船山馨「信天翁譚」
  • 牧屋善三「矩形の空」
  • 南川潤「叙情」
  • 十返一(十返肇)「文学者の自我」

青年芸術派作品集の続き、『八つの作品』(通文閣、昭和16年12月)と『私たちの作品』(通文閣、昭和17年6月)もいつか読めたらいいなと思うけれども(通文閣の「青年芸術派叢書」全8冊も!)、それまでにもっと彼らそれぞれを少しずつ強化してみたい気もする。と、そんなことを思っているうちに、青山光二が現役作家であるという事実に急に胸を打たれ、ジーンとなる。

『青年芸術派・新作短篇集1』と合わせて明日返却しないといけない越路吹雪の「エバーグリーン」という名のディスクを MD に落としながら、ふと思い立って、本棚から『十返肇 その一九六三年八月』(非売品、1969年8月28日発行)を取り出し、青山光二、野口冨士男、船山馨による追悼文を読む。「エバーグリーン」では昭和32年の『モルガンお雪』実況をちょろっと聴くことができて、至福。