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野口冨士男を読み返し、『虚栄の市』を読み進める。

朝の喫茶店で、野口冨士男『作家の椅子』(作品社、1981年)をあちらこちら読み返す。この本は野口冨士男に夢中になるきっかけになった、というか、まず「風景」に夢中になるきっかけになった本だった(3年前当時のまとめファイル:http://www.ne.jp/asahi/toita/yasuji/b/magazines/01.html)。小説よりもまずは昭和文壇の証言者として接したのが最初だったわけだけど、野口冨士男は歳月を重ねるごとにますます夢中になる書き手で、その点でわたしのなかでは戸板康二に匹敵する書き手かもと最近とみに思う。まだ時間があったので、ちょっとだけ下見のつもりで、昨日図書館で借りたばかりの岩波の新大系明治編『風刺文学集』を繰る。饗庭篁村にあらためて心ときめく。緑雨も追求したいものだ。読みたい本は無尽蔵だなあと、あとの残り時間、『虚栄の市』第2巻(岩波文庫)を読む。

日中の外出の折、細切れに『虚栄の市』第2巻(岩波文庫)を順調に読み進める。それにしても、なんて愉快なのでしょう! それでいて、ほろ苦い一節があちらこちらに散らばっている。

帰宅すると、「日本古書通信」が届いていて、よろこぶ。利倉隆の文章を読んで、ふと利倉幸一を思う。先月大散財をしたので気をつけようと気を引き締めつつ巻末の古書目録を眺める。今回は、わたしは、散財せずに済んだ。