銀幕の十返肇を見て、塩山芳明を読み、電車を一駅乗り過ごす。

今日は本を読まぬまま、夕刻となる。丸の内線に乗り込んで、のんびり読書。先週で読み終える予定でいた『虚栄の市』第1巻(岩波文庫)を読み続け、いよいよ佳境に入ったところでいつのまにか寝てしまい、ハッと目を覚ますと、電車は新高円寺駅を出発したところ。あやうく乗り過ごすところであった。次の南阿佐ヶ谷駅で予定通り無事下車する。地上に出たところで、ちょいと書原を見ていくことにする。ちくま文庫の今月の新刊がまだ並んでいないことを確認したところで、あちらこちら大急ぎで眺めて、つい夢中。もっと見ていたいのだけどと後ろ髪を引かれる思いで、山村修『気晴らしの発見』(新潮文庫)を買って、外に出る。

商店街のアーケードをズンズンと北上し、中央線の阿佐ヶ谷駅の駅前にたどりつく。あまり時間はないのに往生際悪く、ちくま文庫の新刊はまだかしらと書楽に足を踏み入れると、思いがけなくこちらにはちくま文庫の新刊が並んでいる! ワオ! と歓喜のあまり20センチほどジャンプ(心のなかで)。これほどまでにちくま文庫の新刊が待ち遠しかったことは久しくなかった。塩山芳明/南陀楼綾繁編『出版業界最底辺日記』を買って、外に出る。

『出版業界最底辺日記』を入手し、とにかく興奮。このままどこぞやの喫茶店にこもってさっそく読みふけりたいなという考えが脳裏をかすめるも、今日わざわざ阿佐ヶ谷にやってきたのは、映画を見るためではないか、たまにはわたしも初志貫徹せねばならぬと、上映間際のラピュタ阿佐ヶ谷に駆け込んで、鈴木英夫の『やぶにらみニッポン』(昭和38年・東宝)を見る。

と、しょうがなく見ることになった鈴木英夫『やぶにらみニッポン』であったけれども、映画館が暗くなってタイトルバックが映し出されると、キャストに十返肇の名前があるので、えー! 十返肇ー! と驚きのあまり声が出そうになって危なかった。十返肇が出演していたとは不覚にも知らなかった。鈴木英夫の未見映画というだけで深い考えもなく見に来たのだったけど、見逃さなくて本当によかったと、タイトルバックで早くも歓喜にむせぶ。劣化でセピア色のカラー映画、ロケが多用されているところが《銀幕の東京》特集にぴったり、全編で「銀幕の東京」を思う存分満喫。明日になったら忘れてしまいそうな映画だけど、見ているときはそこそこ楽しんでいるという感じの映画。こういう味わいで見る映画も好きなのだ。十返肇は「山岡新張」なるベストセラー作家という役どころで、そこそこ出番もあって、「十返肇見物」という点では言うことなし。徳川夢声よりは格段にダイコンだけど、奥野信太郎(獅子文六原作『なんじゃもんじゃ』に出演)よりは格段にうまいといったところだった。東京オリンピック前年に封切りのこの映画、十返肇はその年の夏に死んでしまったから、スクリーンの十返は最晩年の姿なのだなあとしんみりもする。

帰りの電車のなかで、買ったばかりの塩山芳明『出版業界最底辺日記』(ちくま文庫)を読む。ちょっと拾い読みしただけでおもしろくてたまらない。ランランと拾い読みしているうちに、うっかり電車を一駅乗り過ごしてしまった。帰宅後の寝床で、塩山芳明『出版業界最底辺日記』をはじめのページからきちんと読みはじめる。一年分だけのつもりがもう一年もう一年とページを繰る指がとまらなくて、1997年が終わったところでやっと本を置いた。