文化生活一週間 #27

今週のおぼえ帳

  • キャンドルでオムライスを食べて昼下がりの宝塚見物へ
    • 宝塚歌劇月組公演『暁のローマ』『レ・ビジュー・ブリアン』/ 東京宝塚劇場(7月8日午後3時30分開演)
  • 島津保次郎の「満州」映画
    • 島津保次郎『私の鶯』(昭和18年)/ 東京国立近代美術館フィルムセンター《ロシア・ソビエト映画祭》(http://www.momat.go.jp/FC/fc.html

満州映画協会と日本の東宝が組んで製作した、ハルビンを舞台に繰り広げられる歌謡映画で、台詞のかなりの部分がロシア語である。李香蘭の演じる日本人少女が、育ての親である亡命ロシア人から学んだロシア語の歌を熱唱するが、映画は当時の日本では公開されなかった。

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’43(監)(脚)島津保次郎(原)大仏次郎(撮)福島宏(音)服部良一(出)李香蘭(山口淑子)、黒井洵(二本柳寛)、千葉早智子、松本光男、進藤英太郎、グリゴーリー・サヤーピン、ワシーリー・トムスキー、ニーナ・エンゲルガルド、オリガ・マシュコワ
【チラシ紹介を転記】

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 本章のはじめに、同じ時期にフランスに滞在した二人の日本人の対比的な滞仏経験について触れた。明るいモダニズムの芸術性にひたっていた白井鐵造は、やがて軍国主義の波にさらわれて行く。逆に西欧的なものを憎悪して帰国した甘粕が白井(や菊谷栄)がつくろうと努力していたような舞台を、映画という手段を通して満映でつくらせる。気がついてみたら立場が逆転していたというわけである。この事実に我々は昭和という時代の逆説的な側面を見ないわけにはいかない。
 この挿話はここで終わらない。というのは我々は、この二つの世界を繋いだ存在のあることを知っているからである。
 その一人は、進藤英太郎である。
 進藤英太郎を、我々はふつうは東映のチャンバラ映画の悪役で知っている。しかし彼はもともと、戦後映画の多くの三枚目同様、新劇の舞台俳優であったことをたしかめた。「私の鶯」でロシア語を喋り教養豊かで友情厚い紳士の役を演じた進藤は、驚くなかれ先に見た白井=エノケンの「桃太郎」の舞台では、鬼ヶ島の総督の役を振られているのである。いわば進藤は、甘粕のつくりあげた世界と白井が心ならずもつくりあげさせられていた世界とを仲介しているのである。進藤を通して、出発点において一見相反しているように見えた世界が通底していたと言える。
【山口昌男『「挫折」の昭和史』―第一章「エノケンから甘粕大尉まで」』より】