徳田秋声を読み、宝塚のチケットを買い、図書館と映画館にゆく。

朝の喫茶店で徳田秋声『縮図』(岩波文庫)読了。巻末の徳田一穂の解説をじっくり読んだあと、野口冨士男著『徳田秋声ノート』(中央大学出版部、昭和47年)を取り出し、『縮図』に関する箇所を拾い読み。と、ほんの拾い読みのつもりが、一篇二篇と読み進めるうちに、いつもながらに野口冨士男はすばらしいなアと、しみじみ感嘆。拾い読みでなく、初めから姿勢をただして、一篇ずつじっくり読み進めることにする。いろいろな媒体に掲載の短文を集めて巧みに編集した切り抜き帳のような一冊が前々から大好きなのだけど、昭和40年刊の『徳田秋聲傳』のあとを受けて刊行された『徳田秋聲ノート』はまさにそんな本(目次:http://www2.chuo-u.ac.jp/up/isbn/ISBN4-8057-5203-3.htm)。文芸誌だけでなく一般誌、劇場プログラムなど初出誌が多岐にわたっているので、あとがきで野口冨士男が書く通りに、『徳田秋声ノート』は「比較的かるい文章が多い」。あとがきで野口冨士男は引き続き、《重厚な評論や科学的な考証の類いを渉猟することはむろん必要だが、気軽な随筆を通じてその世界へ参入する経路にも捨てがたいものがある。》と書いている。うんうんと、うなずくことしきりで、にっこり。


日中の外出の折に日比谷界隈を通りかかる。一昨日の夕方に買った日のチケットはまだ残っているのかなとほんの確認のつもりで東京宝塚劇場のチケット売場を偵察にいくと、一昨日に買ったチケットが残っているかは忘れたけど、一昨日の時点では売り切れていたはずのチケットが多数見受けられ、画面に映し出される残席状況は一昨日の倍率ドンさらに倍、といったところであった。土日のチケットもところどころで残っているではないか、一昨日買ってしまったばかりだけど母がよろこぶであろうと背に腹はかえられず、ズズズッと販売窓口に直進、月組公演『暁のローマ』のチケット、来週土曜日の1階S席2枚のチケットを手中に収める。

いきなり来週末は母と宝塚観劇とあいなってしまい急な話だなあ、一昨日に気晴らしで出かけるべく8月上旬のB席のチケットを買ってしまったのだけど2回行くほどのものなのかしら、でもまあ見物に行けるのは嬉しいからまあよしとするかな、……といったようなことをいつまでもモンモンと思い続け、心ここにあらずの午後。いつまでも浮かれる午後。浮かれているうちにいつのまにか夕刻となる。(結論から先に申し上げると、月組公演『暁のローマ』、いままで4度の宝塚観劇のなかで、「もう一度見たい度」がダントツ。というわけで、もう一度見に行けて嬉しいなアということになって、めでたしめでたし。買えるときは買っておこう宝塚チケット、を今後のモットーとしたい。)


日中に宝塚のチケットを買ったことで急にハイテンションとなり、夕刻、浮かれたまま早々に外に出る。マロニエ通りをズンズンと直進し、京橋図書館へ。小島信夫『私の作家評伝』全3冊(新潮選書)を借りる。岩波文庫の『縮図』の解説で徳田一穂が引用している広津和郎の徳田秋声論を探索し、『広津和郎全集』第9巻(中央公論社、昭和49年)を借りる。


いつもだったらここですっかりくたびれてしまうのだけど、今日は日中に宝塚のチケットを買ったことでいつまでもハイテンション。京橋図書館のあとは、《フランス古典映画への誘い 》特集開催中のフィルムセンターへ突進。ジャン・ピエール・メルヴィルの『いぬ』を見る、までの待ち時間、小島信夫の『私の作家評伝』の徳田秋声の項を読み、さっそく期待通りの名著だなあと胸を熱くする。


ジャン・ピエール・メルヴィルの『いぬ』はクーッとしみじみ堪能であった。さらにハイテンションになり、外に出る。まわるアサヒペンのふもとのコーヒーショップで『私の作家評伝』を読み続けたいところだったけど、NHK ラジオの「原著で読む世界の名作」、本日からコンラッドの『闇の奥』が始まるので今日は早々に帰宅して、午後9時半、ラジオのスイッチを入れる。