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週末の本の余韻にひたり、川崎彰彦『夜がらすの記』に夢中になる。

やや寝坊するも、なんとかいつもとそんなに変わらない時間に外出。眠いので目を覚まそうとエスプレッソを飲む。出がけに突発的にいろいろ持参していて、次々と眺める。この週末は、編集工房ノアの三輪正道著作、全3冊のうち未読だった2冊、『泰山木の花』(1996年)と『酔夢行』(2001年)にメロメロだった。余韻覚めやらぬという感じに、思わず持参してしまっていたので、まずは『泰山木の花』と『酔夢行』をピンポイント式に眺め、しばし余韻にひたる。そんなこんなしたあと、週明けを迎えるにあたって、『デイヴィッド・コパフィールド』再読の3冊目に入っておこうと、新潮文庫を取り出して、時間までズンズンと読んでゆく。ディケンズはひとたび文字を追うと、とたんに眠気など消え去って、スーッと気持ちのよい風が身体を吹き抜けてゆく感じ。そして、いつも「ディケンズ讃!」とただ嬉しくなる。

今日はえらく手抜きのお弁当で、食べ終わるのに5分もかからないのであった。とりあえず、外に出て、しばし界隈を散歩。気持ちよくタラタラと歩いて、急にウキウキになる。この感覚はなんだろうと思ったら、それは週末に読んだ、バーバラ・ピム/小野寺健訳『秋の四重奏』の一節を思い出して、あのあたりの感覚を急に実感してウキウキしていたのだった、ということに気づく。『秋の四重奏』もたいそう好きな小説だったなあと、余韻にひたって、またまたとたんに嬉しくなる。


秋の四重奏 (lettres)


コーヒーショップでしばし気晴らし。『デイヴィッド・コパフィールド』を読む。


夕刻、丸の内カフェで小岩井のビンの牛乳110円を飲む。三輪正道の次はこれを読まねばと、張り切って持参していた川崎彰彦『夜がらすの記』(編集工房ノア、1984年)を取り出す。今日は読む時間がなかったけど、まあ、せっかく持って来たことだし今ちょいと読んでみるとするかと、ほんの軽い気持ちで読み始めてみると、これがもう、すばらしい。三輪正道を読んだあとで満を持して接したのがよかったのかもとも思うけど、ひとたびページを繰ってみると、しみじみすばらしい。連作短篇集、はじまりの1篇「清遊記」でさっそくメロメロになる。ジーンと2篇目の「小人閑居図」を読むと、いいなあ……。これはもう、読む人が読めばだれだって、グッとなってしまうに違いない。こうしてはいられないと、スクッと立ち上がり、イソイソと帰宅。

家事その他を大急ぎで片づけて、ミルクティを入れて、万全の体勢で『夜がらすの記』の続きを読む。『夜がらすの記』を読み続ける。いつのまにか、深夜。読了して、胸がいっぱい。次にこの本があるのはなんて嬉しいことだろう、勢いにのって買っておいてよかったと、明日は早起きしてこれを読もうと、川崎彰彦『ぼくの早稲田時代』(右文書院、2005年)を本棚から取り出して、机の上に置いて、寝る。