読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

林哲夫『文字力 100』を繰り、扶桑書房の目録に肩を落とす。

パッと起きて、イソイソと身仕度をし、早々に外出。喫茶店の椅子にたどりついて、ほっと一息ついたあと、昨日買ったばかりの林哲夫著『文字力 100』(みずのわ出版、2006年)を取り出す。買って早々、パラフィン紙にパリッと包んで御満悦。はじめのページからズンズンと繰ってゆく。見開き1頁ずつ計100冊の書物が続く。見開きの左頁1面の、書物を写した写真がどれもこれもハッと息をのむたたずまい。それにしても、なんてうつくしい本なのだろう。古本本であり装幀列伝でもあり、書物の写真集であり書物論であり、などなど、『文字力 100』の重層的な深みある響きにひたすらうっとりなのだった。…と、ズンズンと繰っているうちに、昨夜包んだばかりのパラフィンがだいぶよれてしまった。まだ修行が足りないようだ。

夜、ちょっと出るのが遅くなってしまった。こうしてはいられないと、マロニエ通りを早歩きして、京橋図書館へゆく。予約してあった、中戸川吉二『北村十吉』(叢文閣、大正11年)と『中戸川吉二選集』(渡辺新生社、大正12年)が入荷したというので、受け取りにゆく。中戸川吉二を所蔵していてしかも気前よく貸してくださるとは夢のようだ! と、いつものこととはいえ、感謝の気持ちで胸が熱くなるばかりなのだった。大切に読み進めてゆくとしよう。

と、背筋をただして帰宅すると、何の前ぶれもなくいきなり扶桑書房の目録が届いている。とたんに落ち着きがなくなる。動悸息切れをおさえつつ、シュクシュクとページを繰ってゆく。ああ、今回も欲しい本が何冊も見つかるのはいったいどうしたものだろう。しかもそのうちの1冊はわたしにとってはだいぶ高価で、もし仮に買うとすると、1冊あたりの単価では今までの古本記録を更新してしまう。困ったことである。ハテ、どうしたらよかろうなあと途方にくれるあまりに、ただもう、くたびれてしまうのだった。この薄い目録にこんなにも翻弄されるなんて、いったいなにをしているのだろう、わたしはと、がっくりと肩を落とす。

ま、また後日考えるとするかと、気を取り直して、就寝前。さて、今日からまた新しい週が始まった。『デイヴィッド・コパフィールド』、今週は第二巻をゆっくりと再読するとしよう。と、ちょっとだけのつもりが、だいぶ読み進めて、寝るのがだいぶ遅くなった。