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『デイヴィッド・コパフィールド』を再読し、アルゲリッチを聴く。

朝っぱらからもわっとしていていかにも今日は蒸して暑くなりそうだ。起き抜け早々、意気がさがる。アルゲリッチのコンセルトヘボウリサイタルのディスクを流しながら、ぼんやりと身支度。バッハのパルティータが終わったところで、ふと本棚に目を転じると、新潮文庫の『デイヴィッド・コパフィールド』(中野好夫訳)の茶色の背表紙が目にとまった。そうであった、15年ぶりに腰をすえて再読するとするかなと、何ヶ月か前に奥から発掘しておいたものの、そのまま日々が過ぎていたのであった。ちょうど目にとまったことだし、今月は一ヶ月かけて折りに触れチビチビとゆっくり『デイヴィッド・コパフィールド』全4冊を読み進めるとしよう、再読ならではのゆったりとした本読みが好きだ、鮮烈に記憶に残る人物やおぼろげにおぼえている人物、あの人この人……というようなことを思っているうちに、心なしかだんだん意気があがってきた。まだ時間はあるので、今日もコーヒーを飲もうと急にバタバタと大急ぎで身支度を済ませて、アルゲリッチのスイッチを切り、窓のカーテンを閉めて、外出。喫茶店で、『デイヴィッド・コパフィールド』第1巻をさっそくグングンと読む。キリのよいところで本を置いて、コーヒーをグイッと飲み干す。

昼、日差しが夏のよう。日傘をさして、本屋へゆく。「一冊と本」と「波」を持ち返り、コーヒーショップへゆく。「一冊の本」の小倉千加子の連載の宝塚のくだりに目を通して、おとといの宝塚見物のことを懐かしく思い起こしたあと、『デイヴィッド・コパフィールド』の続きを読む。

夜になると、涼しくていい気持ち。帰りが遅くなったついでに、のんびりと歩いて帰る。あとはもう寝るだけというひととき、ペリエを飲みながら、「一冊の本」と「波」を適当に眺める。

アルゲリッチ・コンセルトヘボウ・ライヴ1978&1979(ソロ・リサイタル)

それにしても、アルゲリッチのコンセルトヘボウリサイタルのディスク、ひさしぶりに聴いてみると、実にすばらしいことだと、寝床で聴き惚れる。