読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

東京宝塚劇場のロビーで『海野弘 本を旅する』を繰る。

夕刻、イソイソと外に出て、日比谷界隈へ。シャンテ地下のキッチンガーデンでジョス・ペロンガレットビスケット189円を買ったあと、赤じゅうたんとシャンデリアがまばゆい東京宝塚劇場にソロソロと足を踏み入れる。それにつけてもこのところクサクサしっぱなしで困ったことだなあと思っていたところに、急転直下という感じの絶妙なタイミングで、宝塚のチケットが手元に舞いこんできたのであった。これぞ一筋の光明と言わずしてなんと言おう。というわけで、嬉しいなア! と、夢心地になるあまりに必要以上に早く来てしまった。コーヒー200円(だったかな)を買い、通りがかりのベンチに腰かける。ビスケット1枚をつまんだあと、『海野弘 本を旅する』(ポプラ社、2006年)を読み始める。第一部の「私の偏愛書100」に夢中になっているうちにいつの間にか開演5分前、あわてて自分の座席へ移動する。

今月は総じてクサクサしっぱなしで冴えない一ヶ月だったけど、上旬の連休中は母とふたりで『ベルサイユのばら オスカル編』を見て人生二度目の宝塚観劇と相成り(終演後のアンドレ最終日の安蘭けいへの客席全体の熱いまなざしに頬が緩む)、初宝塚に母大喜び、チケットをとってくださった方によーくお礼を言うように言われ、またいつか宝塚を見に行ける日が来るといいなあとよき思い出にひたって5月ももうすぐ終わろうとする頃、まさかの人生三度目の宝塚見物と相成った。

宙組公演『NEVER SAY GOODBYE−ある愛の軌跡−』。いざ始まってみると、ベルばらのときとおんなじように、宝塚にまだあまりなじみのない身としては、さすがにエンタティンメント的に実によく練り上げられていることだと、舞台芸術としてのできばえにまずは興味津々。今回で退団だというトップのおふたり、和央ようかと花總まりはまばゆいばかりに光輝いていて、すばらしい。そしてトップスターだけでなく、脇もしっかり固まっていてアンサンブルとしても実にすばらしく、一糸乱れぬ群衆の踊りは見ていて実に爽快、唄って踊るというミュージカルとしてのたのしみを心ゆくまで満喫、ああ、いいなあとウキウキしっぱなしなのだった。歌舞伎と違って、ちょいと退屈だなあと思うところがほとんどなく、緩急がバッチリで、疲れるということもない。舞台に身をゆだねて快感、この一言に尽きる。

先ほどまで読みふけっていた『海野弘 本を旅する』に何度かスペイン内戦のことが出ていたのがグッドタイミング、ひとり勝手に臨場感を感じて嬉しかった。ビゼーのオペラ《カルメン》大好きの身としては、舞台をいろどるわかりやすすぎるスペインっぽさ(闘牛士やジプシー風衣裳の群集など)とチラリと挿入のカルメンの旋律がまた嬉しく、冒頭のわかりやすすぎるハリウッドっぽさともども、なんとなく少女漫画を読んでいるみたいな感覚(少女漫画に夢中になった時期が残念ながら皆無なので、勝手な想像だけど)。和央ようかと花總まりは少女漫画からそのまま抜け出たようなたたずまいで(花總まりの衣裳がどれも素敵だった)、フムフム、宝塚というのは古きよき時代の、クラシカルなうるわしき少女漫画の視覚化、立体化なのかなとぼんやり思った。そして少女漫画というだけはなしに、なんとなく少女時代の本読みの感覚を思い出して、不思議とノスタルジックなのだった。『風とともに去りぬ』とか『赤と黒』とか、歴史背景がおもしろい波乱万丈ラヴストーリーを読んでいる気分。

とかなんとか思っているうちに、30分の幕間となり、ロビーの椅子でカリフォルニア赤ワイン300円でかわいた喉をうるおしつつ、『海野弘 本を旅する』をズンズン読む。


早くも次の宝塚見物の日がたのしみだなあと、「サン・ジョルディ〜、サン・ジョルディ〜♪」と頭のなかで歌いつつ帰宅すると、鈴木地蔵さんのリトルマガジン「文游」が届いていて、ああ、それにつけても今日はなんたるよき日ぞや、とよろこぶ。さっそく寝床で繰るつもりが、今日も越路吹雪に聴きほれているうちに、すぐに寝入ってしまった。