キムラヤで薄田泣菫の『艸木虫魚』を読み返す。

士気あがらず、あっという間に日が暮れる。このまま1日が終わるのではあんまりだと、ひさしぶりに田村町のキムラヤでのんびりしようと思い立って、内幸町へ向かって、歩く。日比谷図書館に立ち寄ったあと、キムラヤへ。なんとなくクサクサしていたのが、キムラヤの椅子に座ったとたんに、しみじみいいなア! と上機嫌になるのは、いつもの通り。「港区の田村町なる木村屋は安くてうまくて居心地もよし」とスコーンを食し、コーヒーを2杯おかわり。そんなにしょっちゅう来ているわけではないけれども、永遠に(少なくともわたしの生きている間は)この地にあってほしいと強く願う。

昨日、「日本古書通信」今月号を見て、買ってそれっきりだった真山青果『随筆滝沢馬琴』を読むとするかなと思い立った。昨夜にその岩波文庫を発掘した折に、発売以来の愛読書、薄田泣菫『艸木虫魚』が目に入って、杉本秀太郎の解説だったとはすっかり忘れていたなあとちょっとワクワクだった。『随筆滝沢馬琴』と一緒に『艸木虫魚』も持参していて、今日のところはつい『艸木虫魚』の方を読みふける。アナトール・フランスのことが登場する「古本と蔵書印」という一文で、ふと杉本秀太郎訳のアナトール・フランスのことを思い出す(『赤い百合』臨川書店、2001)。

キムラヤでだいぶ機嫌がよくなり、夜空の下、三宅坂をズンズンとのぼって、歩いて帰宅。岩波文庫の杉本秀太郎本つながりということで、あとは寝るだけというひととき、杉本秀太郎訳のアラン『音楽家訪問』を数年ぶりに取り出す。この本はタワーレコードの店頭で初めて知った。「哲学者アランが、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ全十曲を、さながら詩のテキストを扱うように注釈した作品」云々と解説にあるのを見て、こんな素敵な本があったなんて! と胸が躍ってしかたがなかった。折りしも当時、ムターのベートーヴェンのソナタ全集に夢中になっていた最中だった。と言いつつ、『音楽家訪問』、買っただけで満足してそれっきりだった。偏愛ソナタ、第10番の箇所を寝床で読むとするかなと思ったのだったけど、今回も結局、ムターのディスクの方を聴いてしまう。このソナタもたまに聴くと、そのたびに生命が延びるような感じなのだった。