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東京宝塚劇場で『ベルばら』を見て、戸板康二をおもふ。

夕刻、丸の内カフェで小岩井のビンの牛乳110円を飲んで、ふうっとひと息ついたあと、日比谷界隈へ。東京宝塚劇場にて上演の『ベルサイユのばら』星組公演、フェルゼンとマリー・アントワネット篇の見物に出かける。

ここ数ヶ月、急に宝塚を見たいッと思っていたところで、年が明けてみると、モーツァルト生誕250年の今年はマリー・アントワネットの生誕250年でもあり、『ベルサイユのばら』が上演されるのだという。ベルばらというと、小学生の頃、お友だちから少女漫画を借りて夢中になっていたものだったので、ベルばらだったらわたしも断片的に覚えていることだし、初宝塚を見物するまたとない絶好の機会のような気がする。しかしチケット入手は難しいだろうなあと半ば諦めていたのだけど、さる方のご厚意でこうして晴れて見物に出かけることができた。夢のようだ。そんなこんなで、「愛〜、それは〜♪」と小躍りしながら(心の中で)、東京宝塚劇場へ足を踏み入れた。劇場内部は女子率95%(推定)であった。

在りし日の戸板康二先生は宝塚の大ファンだった。大正4年生まれの戸板康二は大正3年生まれの宝塚と同時代を生きている。宝塚とその背後の近代日本を見るということは、戸板康二の生きた時代を見るということでもあるのだ。…と、このたび宝塚を見る動機として、無理やり戸板康二を口実にしていたのだったけど、いざ『ベルサイユのばら フェルゼンとマリー・アントワネット篇』の舞台が始まってみると、さっそく「ステファン人形」が登場していて、キャー! と大興奮。

詳細は省くけど、植田紳爾が脚本に取り入れた「ステファン人形」のもともとの発案は戸板康二によるもので、そのことを戸板さんは嬉々とエッセイに書いていたのだった。というようなことは今日まですっかり忘れていたけど、『ベルばら』の舞台でステファン人形を目の当たりにしたことで、さっそく戸板的よろこびで胸が熱くなって、舞台を見ながらジーンだった。こうして戸板康二の名残が現在の舞台にも残っているのだなあといつまでもジーンだった。初めて見る宝塚がフェルゼンとマリー・アントワネット篇だったということは、戸板ファンとしてはかえすがえすも幸福なことだった。

と、戸板康二がらみで大喜びだった上に、舞台もさすがにエンタティンメント的によく練られていて感服、見る価値大いにありだった。そこはかとなく猿之助のスーパー歌舞伎のことを思い出したりも。フェルゼンがスウェーデンからパリに向かって馬車にのって走る走る、のところ、阪妻の『血煙高田馬場』みたいで大喜び。そして、マリー・アントワネットが断頭台の露になってしまったなあとしんみりする間もなくはじまるフィナーレが素晴らしい。まばゆいばかりにすばらしい。あともう少しあともう少し続くといいなあと思っているとお望みどおりにまだまだ続く、でありながらも、お腹いっぱいになる一歩寸前のところで終わるというところがなんとも絶妙で、しみじみ見事だった。

いやあ結構結構、余は満足じゃと、劇場の外に出てみると、雨がザアザア。帰宅後の夜ふけ、戸板康二の本をあちこち開いて、宝塚関係のところをあちらこちら拾い読み。実際に宝塚を見たあとに読むと臨場感たっぷりで、以前よりもグングンしみてきて、戸板康二読みという点においても宝塚は絶対に見ておきべきだった。いつの日か、梅田から阪急電車にのって宝塚大劇場へ行く日が来るといいなと思う。戸板康二を読んでみると、小林一三在りし日の古き佳き時代の宝塚とその背後に興味津々。若き日の戸板康二が見ていた歌舞伎(岡鬼太郎の劇評で読めるころの歌舞伎)と同じように興味津々。その背後の近代というようなものを少しずつ、読み解いていければと思う。と、胸が熱くなって、なかなか眠れず、すっかり宵っ張りだった。