神吉拓郎の『笑う魚』を繰る。

5時起床。昨夜はぐっすりと寝たので実に爽快な目覚め。ムターのモーツァルトを聴きながら家事をいくつか片づけて早々に外出。一日の活力を入れるべく(すぐ切れるけど)、コーヒーを飲んでいくことにする。なんとはなしにぼんやりと週末に入手の旺文社文庫の神吉拓郎の『笑う魚』を繰る。まずは矢野誠一さんの解説を読んで、さっそくいい気分。神吉拓郎を知る人が例外なく口にするという「絶対にお金持ちであるわけがないのに、どこから見てもお金持ちにしか見えない」というのがいいなあ。で、ショートショート集1ページ目を繰ると、いきなりマーカーで線が引いてあるのが目に入った。いやに安いなあと思っていたらそういうことであったか、まあいいやと読み始め、ズンズンと読み進めて、ページを繰る指がとまらない。おかげで、朝っぱらからえらく上機嫌。


コーヒーと神吉拓郎で活力を入れた甲斐もなく、ヘロヘロと一日が過ぎ、日没の頃はすっかりへなへな。力なく外に出る。ヨロヨロと八重洲ブックセンターに行く。往生際悪く、ちくま文庫のディケンズ『荒涼館』全4冊をさがしにきたのだったが、やはり棚にはなかった(週末出かけた池袋のジュンク堂には『リトル・ドリット』全4冊の方だけあった)。ふうと肩を落として早々に外に出る。八重洲ブックセンターは以前は文庫本を見たあと芸術書コーナーを見るのが毎度のおたのしみだったけど、改装して芸術書は上の方の階へ行ってしまい、以来一度も芸術書の棚を見たことがない。家に帰る力が出ないので今日は夕食をさぼることにしようと、PAUL でオムレツを食べてひとやすみ。神吉拓郎を終わりの1篇までズンズンと読んで、おかげでまたもや急に上機嫌。ズンズンと夜道を歩いて、帰宅。


ディケンズの『荒涼館』は、ナボコフの『文学講義』を見て以来の長年の懸案なのだった。寝る前、ひさしぶりにナボコフの『文学講義』を取り出す。アップダイクの序文はいつ読んでも感動的だ。