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亀倉雄策展をみたあと、京橋図書館へ。

日没後、イソイソと銀座界隈へ。ギンザ・グラフィック・ギャラリーで亀倉雄策展を見物。原弘、河野鷹思、ポール・ランドといった名前がクレジットされている「今日の商業デザイン展」、《グラフィック’55》のポスターにワオ! と興奮。先日近代美術館で見物した渡辺力の展示ともども、日本のミッド・センチュリーというようなことを体感して、ワクワクだった。とは言うものの、全体を見通すと、河野鷹思のときとおんなじように、戦前の方がずっと胸が躍るのはいかんともしがたい。肥田晧三さんが、世の中は「戦後60年」で大騒ぎですが、わたくしは「戦後60年」にはまったく興味がなく、むしろ「戦前60年」、明治18年から昭和10年代の方がずっと面白い、というようなことをおっしゃっていて、「わたしも!」と強く思ったものだったけど、今回の展覧会でもそれを痛感。今回の展示で一番の興奮は、亀倉雄策装丁の第一書房本。いますぐに『第一書房長谷川巳之吉』を読み返したいッと思った。そして、何度見ても、名取洋之助関連にも興奮なのだった。昭和14年の「婦人画報」で亀倉雄策が「小さな部屋のために私が作った本棚」という記事を寄せていて、アパート生活のための本棚として「積み立て本棚」というのを提案している。うーむ、なるほどと思わず、ガラスケース越しにフムフムと熟読。と、デザインの展示は背後の「日常生活」といったものがいつもおもしろいのだった。


展覧会のあとは、クネクネと銀座を通過して、京橋図書館まで早歩き。昨日の鶴見線乗りの余韻にひたるべく、宮脇俊三の『時刻表2万キロ』を借りる。予約していた、野口冨士男のエッセイ集『虚空に舞う花びら』(花曜社、昭和60年)と一緒に借りる。野口冨士男のエッセイ集はこの一冊だけ未入手、待ちきれずにとうとう借りてしまった。喫茶店に寄り、宮脇俊三のあと、野口冨士男を読みふけって、すっかり帰宅が遅くなった。「三島霜川私見」という一文に「おっ」となる。昭和55年発行の『三島霜川選集』の下巻が初出。ますます、徳田秋声を強化したくなった。