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関西私鉄に心ときめかす

朝の喫茶店で心穏やかに、連休中に仕入れたばかりの庄野潤三の随筆集『誕生日のラムケーキ』を繰る。こういう切り抜き帖のような文章集が大好き。阪急宝塚線での宝塚への行程のところでの「小林一三という人はつくづく偉い人であったと思う」くだりに、いいな、いいなと思う。宝塚ファンでなくとも、夏の京阪神散歩の折に阪急電車に乗って池田に出かけたとき、わたしもしみじみ「小林一三という人はつくづく偉い人」だと思ったものだった。また近々阪急に乗れると思うと嬉しい。それにしても、宝塚を見物する庄野潤三のなんとたのしげなこと。このところ実家の母が宝塚を見に行きたいと言い出し、わたしもついていくとするかなと軽く思ったあとで、そうそう、戸板康二先生は宝塚の大ファンなのだったというわけで、行く気満々になった。でも、『ベルサイユのばら』のチケット取得は一般人には難しそうだなあ、ハテ、どうしたらよかろうなあ。…というようなことを思っていたところであったが、庄野潤三を読んで、さらに本気で宝塚見物に行きたくなってしまった。行きたいったら行きたいっとムズムズしているうちに時間になる。


昼休みの本屋さんで「本」と「本の話」を入手。ホクホクとコーヒーショップへ移動する。ほんの気散じに軽く眺めるつもりが、「本」の原武史の「日本の鉄道全線シンポジウム(上)」があまりに面白くて悶絶。原武史「鉄道ひとつばなし」の連載十周年記念特別版なのだという。うーむ、「本」は毎月入手しているのに、原武史さんの「鉄道ひとつばなし」、今まで一度も読んだことがなかった。こんなに面白かったとは、見逃していてとんだドジをしていた。とにもかくにも「日本の鉄道全線シンポジウム」、最高! と大興奮。日本の鉄道全線を一室に集めて各線をして語らしめようという試みは、宮脇俊三の『時刻表ひとり旅』(講談社現代新書)の「国鉄全線大集合」に前例があるのだという。その20年後の原武史の「日本の鉄道全線シンポジウム」は JR だけでなく、地下鉄、私鉄の面々も集まっているのだから、すごい。来月号の「本」で続きを読むのが今からとっても待ち遠しい。

原武史さんの「鉄道ひとつばなし」を読むと、関西私鉄の強さにしみじみ感じ入ってしまう。「何言うてんねん。私鉄と JR が乗り入れるなんて、関西では絶対に考えられん」と発言する阪神本線に、「関西私鉄には、JR なんかには絶対に真似できない文化があるのやから」と言う阪急宝塚線。誇りたかき関西私鉄に胸が熱くなるわたしであった。その一方、並行する私鉄に対抗して単線なのに快速や区間快速を走らせている JR 奈良線、なんて健気なやつだろうとジーン。単線なのに! 

それから、JR 鶴見線が「坂口安吾が喝破したように、工場にだって日本文化はある。宮脇俊三の『時刻表2万キロ』も、わざわざ私のために一章をあてているくらいです」と語っているのを見て、宮脇俊三は偉大なりとジーン。近々、JR 鶴見線に乗りたいなと思った。


日没後、京橋図書館へ。本を返してまた借りて、イソイソと帰宅。部屋での穏やかな時間はひさしぶりのような気がする。バッハの《クリスマス・オラトリオ》の後半を低音量で流しながら、ストーブをつけて、焙じ茶を飲む。お茶うけはギャラリー遊形で買った「福俵」という名の俵の形をした和三盆。机の上でノートを開いて、連休中に仕入れたばかりの犬丸治さんの『天保十一年の忠臣蔵 鶴屋南北の「盟三五大切」を読む』の熟読を開始する。