『大阪文学散歩』と『上方歌舞伎集』を繰る

ひさしぶりに本格的な早起きができて嬉しい。外出前にしばし本棚を探索、1週間後の冬休み(のようなもの)にそなえるべく、カラーブックスの大谷晃一著『大阪文学散歩』を持って外出。ついでに、初芝居の坂田藤十郎の心の準備をするとするかなと、岩波の新大系の『上方歌舞伎集』とわが歌舞伎ノートも持参。


朝の喫茶店にて、まずはカラーブックスの『大阪文学散歩』。年末にちょろっと関西に行くので一応の参考にと持参したのであったが、著者が大谷晃一さんということもあってか、『京都文学散歩』も悪くなかったけど、『大阪文学散歩』の方がぐんとウキウキ度が高くて、眺めてたのしく、繰ってうれしい。のは、わたしが京都よりもより大阪の方が好きなせいかもとも思う。昭和56年発行のこの本、表紙写真の「大阪市立美術館より通天閣をのぞむ」という陳腐ともいえる構図が、よそ者としては、にんまり。ぜひともこの場所に出かけて、表紙写真の昭和50年代の女性とおなじ姿勢で本を読みたいものだと思う。って、この季節では寒くて無理そう。

眺めて嬉しいカラーブックスの『大阪文学散歩』、一通り繰ったあとで、巻末に地図をしばし見つめる。折口信夫生誕の碑があるという鴎町公園からテクテクと歩いて織田作之助でおなじみの口縄坂界隈に行きたい! そして、「口縄坂は寒々と木が枯れて、白い風が走って」いるところに遭遇したい! 源聖寺坂も歩きたい! と心のなかで「!」を連発してウキウキ。生国魂神社の高台から見晴らしもうららかに……、とかなんとか、文学散歩というものは、妄想しているときが一番たのしいような気がする。『大阪文学散歩』を見て、未読の田辺聖子を近々読みたいなと思った。ここでも「写真館の子」の系譜。林芙美子の『めし』も未読。また新世界に行きたいなあ、阪妻の『王将』を見たいなあ。

とかなんとか、「……したい」のいいどおしの『大阪文学散歩』は、ずいぶんたのしかった。冬休み(のようなもの)前半の心の準備をひとまずは終えたあとで、冬休み後半の歌舞伎座行きに備えて、芝居見物そのものにはあんまり関係なさそうだけどせっかくのよい機会なので、長らく読みさしだった新大系の『上方歌舞伎集』の通読を終わらせることとする。『伊賀越乗掛合羽』のみ未読なのだった。

歌舞伎の脚本を読むのはひさしぶりだったのでどうかなと思っていたけど、ひとたび読み始めると、『伊賀越乗掛合羽』もさっそく面白く、さっそくウキウキ。同じ新大系の『江戸歌舞伎集』と同様、文字を通しての江戸時代の芝居小屋というものが体感できることと、あちこちに散りばめられた先行作のパロディにニンマリ続きで、『仮名手本忠臣蔵』の師直っぽい役柄がいいな、いいなとたのしくてしょうがない。時間いっぱいまで『上方歌舞伎集』を読み進めた。このところ、歌舞伎気分が減退していたけど、初芝居を機に歌舞伎気分が盛り上がるといいなと切に願っているのだけども、どうなることやら。ひとまずは、「書物の歌舞伎」気分はめでたく復活したので、よかった。


バタバタとあっという間に1日が終わった。朝の本読みの時間だけが落ち着いていて、早起きできてラッキーだった。