「日本古書通信」を読む、丸の内の近衛兵

昨日届いていた「日本古書通信」12月号を横目にイソイソと身仕度を終わらせて、十数分後、喫茶店でコーヒーを飲みながら、ゆるりと「日本古書通信」を繰って、いろいろと心に刻む。

毎月たのしみにしている八木福次郎さんの「愛書家・思い出写真帖」は高橋邦太郎。明治31年浅草生れ、東京外語、東大仏文科を出て、築地小劇場で小山内薫のもとで働いたあとフランス留学、帰朝後の昭和8年に愛宕山のラジオ時代の NHK に入局、昭和28年に定年退職という「愛書家」についての一文は、魅惑的な固有名詞のオンパレードでワクワク。久保田万太郎が NHK の文芸課長の職に就いていたのは昭和6年から昭和13年まで。ひところの NHK 人物誌はおもしろいなア、もっと突っ込んでみるのもいいかなといつも思う。このところ NHK と聞いてまっさきに思うのが大岡龍男。わたしの書棚にある大岡龍男著『嫁』(昭和25年4月1日発行)は、加藤道子宛の献呈署名入りで「こと可笑し退職の日が四月馬鹿」と書き添えてあるという自慢の逸品なのだ、って、誰も羨ましがらないけど。

同じく毎月たのしみの青木正美さんの「古本屋・控え帳」のタイトルは「庄野潤三・讃」。《庄野が昭和六十年脳出血に倒れたあとの文章で、その回復に至る過程を、やはり『チャールズ・ラム伝』を書くのを目ざし病いを養って行った英文学者福原麟太郎に重ねて書いた「夏の重荷」(文学界・昭和61/7月)を読んでいたのを私は思い出した。……》というくだりを目にして、庄野潤三の『夏の重荷』を読みたいとムズムズ。(あとで確認したら、『夏の重荷』は、『世をへだてて』文芸春秋刊に所収のこと。)

欄外の《秋桜子の、「温亭句集」を読む》という一文も嬉しかった。川本三郎さんが先月朝日新聞に短期連載した「柴田宵曲のいた時代」を受けての文章。昭和2年発行の『温亭句集』、昭和19年発行の篠原温亭の随筆集『昔の宿』が欲しいとムズムズ。

などと、なにかとムズムズつづきの「日本古書通信」、目録での散財は今月は心配ないようでほっと一安心。現在唯一定期講読している「日本古書通信」、今月で代金が切れていたので、同封の払い込み用紙に住所氏名を記入、講読を継続すべく、喫茶店のあとは郵便局へ。


朝の「日本古書通信」で古本屋気分が盛り上がり、帰りはひさびさに神保町までテクテク歩いた。

前々から、皇居沿いの外燈、特に夏の日暮れ時の感じが大好きだった。今の季節のまっくらななか、外灯がポツンポツンと光っている感じも悪くない。いつも機嫌よく外燈を横目にツカツカと歩いてゆくのだけど、いただいたばかりの雑誌で、この皇居沿いの外灯は南雲勝志さんのデザインで「近衛兵」という名前だということを知った。「近衛兵」、いいな、いいなとフツフツと嬉しかった。

機嫌よく近衛兵を横目にツカツカと神保町へ向かった。