ポール・クローデルの舞踊詩劇『女と影』

日没後、大急ぎで地下鉄にのった。早稲田大学の大隈講堂で賑々しく上演のポール・クローデルの舞踊詩劇『女と影』(http://www.onna-kage.com/)の見物に出かけた。

ポール・クローデルの『女と影』のことをくっきりと心に刻んだのは、河盛好蔵の『回想の本棚』がきっかけだった。五代目福助の「羽衣会」が大正12年の帝劇で上演、舞台装置は鏑木清方、山内義雄の苦心の翻訳がプラトン社の「女性」に掲載されたけど、劇壇の反応はどちらかというと冷たかった云々ということが書いてあって、芥川龍之介による詳細な劇評を紹介していた。と、『女と影』にまつわる固有名詞やその時代、その背景にたいそう心が躍り、このあたりのことをもっと突っ込んでみたいな思った、もののそれっきりになっていた。のを、今回の上演ニュースで思い出して、いつもの出不精と打って変わって、張り切って出かけたのだった。

と言いつつも、古典的な歌舞伎を好む身としてはそんなに好みの舞台ではないのだろうなあと、「なんだかようわからぬけど、まあ、見た」という感想になるのだろうなあとか、「大正期の在日フランス人の眼から見た日本や歌舞伎といったものを現代の眼を通して見るとこうなる、なるほど」とか、そんな感じの感想になるのだろうなあとかそう期待はしていなくて、まさしく物見遊山気分で、高みの見物という感覚だった。

が! いざ上演を目の当たりにすると、これがすばらしいこと、すばらしいこと。たいへん感激して、大隈講堂をあとにすることとなった。音楽が常磐津であることで、ふだん歌舞伎を見慣れている身にとっては共感がわきやすい舞台だったということがまずあった。ふだんの歌舞伎と違って、オーケストラピットのような場所に音楽の人びとが座っているのが面白かった。オペラハウスのオーケストラピットとの違いは演奏者が客席ではなく舞台の方を向いているということ。衣裳も演者の身体の動きも舞台装置もよかったし、台本もすばらしかった。と、舞台芸術というものを構成する全要素が一分の隙もなく練り上げられていてそれぞれにすばらしくて、その調和もバッチリ。そこから立ち上がる香気のようなものにもうっとり。ああ、すばらしかった! とか、むやみに感激。ここまで感激するとは思わなんだ。

見終えてみると『女と影』というタイトルが実に利いているなあと思った。今回の舞台全体で一番印象に残ったのは、照明づかいだった。照明が大隈講堂の空間全体を実にうまくひとつの劇世界へとシフトさせていて、同じ空間に居合わせることで舞台と調和しているような感覚で『女と影』の世界にひたった。照明が凝っているということは、そこから「影」が生まれるということでもあって、その「影」の効果になるほどなあと思った。

『女と影』のサイト(http://www.onna-kage.com/)に掲載の、台本補綴の鈴木英一さんのインタヴュウで、『東海道四谷怪談』の夢の場がちょろっと言及されている。南北の本を読んだとき、一番好きなシーンだった。今日見た舞台、ちょっとあの夢の場を彷彿とさせた、気がした。

とかなんとか、感想はまとまらないけれども、とにかくもすばらしい舞台だった、ということだけは書き留めておきたい。『女と影』の制作に携わっている人びとの誠実な仕事ぶりに心が洗われた。ざぶーん。このところ歌舞伎見物への意欲が減退して困っていたけど、来年からまた出直そうとメラメラと精進を決意(単純な…)。とりあえずもうすぐ演博で開催の「大坂歌舞伎展」がとってもたのしみだ。

帰宅して、会場でいただいたプログラム(入場無料なのにどこまでも行き届いている)をフムフムと参照して、本日の舞台の余韻にひたったのだけれども、その広告で白水社から『歌舞伎登場人物事典』というのが出ると知る(2006年1月刊/25200円)。図書館での閲覧がたのしみ、たのしみ。

山内義雄の本を読みたくなって、講談社文芸文庫を発掘して、寝床で繰ったあと、就寝。