吉田秀和さんの本が届く

ずいぶん早起きをしてイソイソと外出。朝の喫茶店でおもむろに石川達三の『傷だらけの山河』を読み始めた。獅子文六や都筑道夫、山田風太郎と同じように、石川達三も未読本がたんと書棚にあって、思い立ったときにパッと持参して読み始めるのがたのしい書き手。これらの書き手はたいてい、ひとたび読み始めると一気読みで、一気読みってたのしいなあ! とメラメラと繰る。『傷だらけの山河』は山村聰主演の映画を見るのがたのしみ、たのしみ。

帰りは心持ちよく日比谷界隈へ。シャンテの地下で買い物したあと三信ビル内から地下道に出て、日比谷線に乗って恵比寿へお出かけ。

帰宅すると、注文していた吉田秀和さんの『くりかえし聴く、くりかえし読む』が届いていた。「新・音楽展望」1997年から1999年までを収録。これで吉田秀和さんの「新・音楽展望」の1994年からの3冊が揃った。わたしが音楽を聴き始めたのは1994年なので、この3冊はそのままわたしの音楽生活の年月でもあるので、感慨もひとしお。『くりかえし聴く、くりかえし読む』ではまっさきに、1999年9月の内田光子さんの演奏会評を読んだ。このときがたしか、わたしが吉田秀和さんと同じ空間に居合わせた最後だったかと思う。

夜ふけ、内田光子さんファイルの整理する。

……休憩後のショパン(《前奏曲》作品45と第3ソナタ)になると、雰囲気ががらりと変わる。前者では匂うような妖しい魅力、後者では豊麗大輪の牡丹かバラのような魔力といった違いこそあれ、どちらも始めから終わりまで「ピアノ音楽の楽しさ」を満載した美しい、美しい演奏。しかも「でも、私は何もしたわけではないの。ショパンのいう通りにすると、自然こうなっちゃうの」とでもいったピアニストの声が聞こえてくるような演奏。あの聡明で思い切りの良い音楽をやる人が、ここでは「元気のいい可愛い人」になりきって――失礼!――ピアノをひくこと喜びに身を任せているのをみるおもしろさ。
【吉田秀和「内田光子リサイタル評」より(朝日新聞夕刊:1999年9月22日)】