ビュトールの『心変わり』を買った

気持ちのよい晴天とツンとした冷気で爽快な朝、喫茶店でコーヒーカップ片手に、ディケンズの『ピクウィック・クラブ』をグングン読む。このところ中断していたけれど、ひとたびページを繰るといつもウキウキとなって、本当にもう読んでしまうのがもったいない。福原麟太郎によると、アンドレ・モロウが《ディケンズの文学は「永遠につづくクリスマス」》と書いていたそうだけど、ディケンズを繰るといつもその言葉を嬉しいくらいにくっきりと実感する。本当に嬉しいくらいにくっきりと。『ピクウィック・クラブ』はチビチビとまさしくクリスマスの頃に読み終わることだろう。

昼休み、ポカポカ陽気が心地よい青い空の下、ウキウキと本屋さんへ。そろそろ、なにか新しい文庫本を1冊買うとしようと張り切って、文庫本棚に突進。講談社文芸文庫の小山清に杉本秀太郎、平凡社ライブラリーの伊達得夫、今日はどれにいたしましょう! といったところだったのだけど、岩波文庫コーナーで発売が待ち遠しかった今月の新刊、清水徹が全面改訳をしているビュトールの『心変わり』が目に入ったとたん、ガバッと手にとってそのままの体勢でレジに突進。なんか本当に突発的で自分でもよくわからないのだったけど、直後にかけこんだコーヒーショップでエスプレッソをすすりながらさっそく読み始めてみると、さっそくとてもよくて、ジンジンと本当にとってもいい。今読みたい本はあまたあれども、『心変わり』は現時点で読むのが一番ぴったりな本で、ドンピシャリとそんな本に対面できたのが嬉しい。絲山秋子の新刊を読んだ直後に手にしたというのも、偶然だけど、タイミング的に言うことなしだった。しばし、『心変わり』の文章にひたれると思うと嬉しい。今日買い損ねた本もよりぴったりな瞬間がいずれやってくることだろう。

とっぷりと日が暮れて、今夜も京橋のアサヒペンはひたすらまわり続けている。ふらりと足を踏み入れた明治屋で、ボジョレ・ヌーヴォーの試飲の相伴に預かったあと、フィルムセンターで野村浩将の『絹代の初恋』(昭和15年・松竹大船)を見た。本日のフィルムセンターはここ数ヶ月でいちばんすいていた(いや、尾上松之助映画祭の方がもっと人が少なかったかな)。田中絹代と佐分利信が共演している野村浩将の戦前松竹映画というと、いつか阿佐ヶ谷でなにかひとつ見たことがあった。タイトルは忘れてしまったけど、煮えきれない男・佐分利信に捨てられた田中絹代が傷心のあまり発狂してしまい佐分利信が悔やむという内容で(おおまかすぎる説明)、なんとも脱力のメロドラマだったけど、途中、佐分利信と田中絹代が卓球をするシーンがキラキラと輝いていてとても好きで、そのシーンだけ忘れられないものがあった。映画に出てくる卓球シーンの御三家に数えたいと思った(増村保造の『青空娘』とあともうひとつは探索中)。

そんなこんなで、タイトルを見ただけで引いてしまう『絹代の初恋』、まったく期待はしていなくて、いったい今回の脱力度のほどやいかに、まあ、佐分利信を見物するとするかなとほんの気まぐれで出かけたのだったけど、いざ見てみると全篇、典型的松竹小市民映画という趣きで、メロドラマでは全然なく、東京下町が舞台というカラッとかわいた都会映画というところがよかった。隅田川沿いや歌舞伎座前というロケが嬉しい。佐分利信は煮え切らない男、女にデリカシーのない男を演じるとぴったり! という「佐分利信鑑賞」という点でも大満足。囲碁が似合う男、佐分利信。島津保次郎の『兄とその妹』を思い出して嬉しかった。とかなんとか、戦前都会派松竹映画をもっとも愛好する身にとっては見てよかった映画だった。どうってことのないといってしまえばそれまでだけど、たまにこういう映画を見ると嬉しい。いくつも見ると飽きそうだけど。

ラジオ深夜便でひさしぶりに東京ロケをしているコーナーを聴いた。今夜は日比谷公園。日中に歩いたばかりだったので、嬉しかった。現在の日比谷公園は実に風光明媚なり。最後に流れた西條八十作詞の『丸の内音頭』が終わったところでラジオのスイッチを消して、就寝。