三信ビルで吉田秀和さんを買う

金曜日はとりわけ朝の喫茶店の時間が嬉しい。図書館でやっと順番がまわってきて借りることができた『月の輪書林それから』を読み始めて、さっそくグングンと読む。なぜだか敬遠していたけどいざ読み始めると、日記形式による臨場感がとてもいい。これは買って読みたい本かもと思いつつ、ズンズンと卒読していると、小津の『お茶漬の味』のあとにちょろっと佐分利信の本棚のことが登場して、興奮。月の輪さん、なんと、沼袋の佐分利邸へ本の整理に同行したことがあるのだという。《種々雑多、硬軟とりまぜの「読書家」の棚だった。》というくだりにしみじみ感じ入るものがある。クーッとあらためて佐分利信にシビれる。月の輪さんは佐分利信の本棚で初めて山崎方代の名を知ったのだという。都筑道夫の『推理作家の出来るまで』に近所を無表情に散歩している着流し姿の佐分利信を見た、というくだりがあったのを思い出した。佐分利信が登場する本リスト、のようなものを作りたいような気がする。それから、濱田研吾さんの『脇役本』の挿話、小沢栄太郎宅へ買いつけに出かけたくだりを思い出したりも。役者の本棚が登場する本リスト、のようなものを作りたいような気もする。

日中の出先の帰り道、ふらりと日比谷の三信ビルに足を踏み入れ、ひさしぶりに地下の本屋さんへ。つらつらと棚を眺めていると、吉田秀和さんの「新・音楽展望」の新刊がここにもきちんと売っていた。この本屋さんでハードカヴァーを買うと、セロテープ使用のカヴァーかけにお目にかかれて、そんな凝ったカヴァーかけを見るといつも今はなき銀座の近藤書店のことを思い出し、そんなこんなでこの本屋さんでたまに買いものができると、いつもそれだけで嬉しい。昨日、購入を先延ばしにしておいてよかった。今日買った吉田秀和さんの『たとえ世界が不条理だったとしても 新・音楽展望2000-2004』はストライプのカヴァーにきれいに包まれていて、とても素敵なたたずまい。しばらくこのままの姿で部屋の書棚の目立つところに置かれることになることだろう。

今日は「チーズの日」なので、近所のチーズやさんでチーズを買って帰宅。バタバタと部屋をかたづけたあと、ふたたび外出。テクテクと夜道を歩いて神保町で交書会。交書会と言いつつ、一方的にわたしがちょうだいしていたのだけれども…。わーいわーいと大喜びのあと、ふたたびテクテクと夜道を歩いて帰宅。神吉拓郎の『ラグビー日和』入手を年内の目標としたい(無理)。いつまでも「神吉拓郎のラグビー日和、神吉拓郎のラグビー日和」とうわごとのようにつぶやいているうちに自宅に到着。

買ったばかりの吉田秀和さんの本に、いつかの昼休みに入手した白水社の吉田秀和全集の内容見本をはさんでおく。掲載当時母がわざわざ送ってくれた朝日新聞夕刊の切り抜き、吉田秀和さんの「『音楽展望』休みます」の記事も一緒にはさむ(日付はうっかり記入漏れ)。吉田秀和さんの亡くなられた奥様が『断腸亭日乗』のドイツ語訳に精魂を傾けていて、全訳は望むべくもなく対象を昭和12年に絞った、とあった。日本が戦争に突き進む決定的な年だと考えた上でのことだったという。昭和12年というと、戸板康二は偏奇館のごく近所の仙石山アパートに住んで、卒論(近松論)の準備をしていた頃だ。あらためて『断腸亭日乗』の昭和12年を読み返したくなった金曜日の夜ふけだった。ちょうど2年前の11月に寄り道した喫茶店で手に取った新聞で吉田秀和さんの「新・音楽展望」を目にしたことがあって、そのとき目にしたフェリアーのことを綴った文章が奇しくも吉田秀和さんが続けて書いてこられた最後の文章だったということを知った。当時、フェリアーのブラームスを聴きたいと切に思ったものだったけど、まだ聴かずに2年が過ぎている。