吉田秀和さんを思う

毎週のことながら金曜日の朝はひときわ機嫌がよい。だいぶ早くに外出して、いつもより高いコーヒーを飲みながら、ディケンズの『ピクウィック・クラブ』を読み進める。今年中に読み終わるかしら。

昼休みの本屋さんで「波」と「一冊の本」を入手。コーヒーショップに駆け込み、さっそくランランと繰る。いろいろと面白い文章があってとても読みきれない。「一冊の本」で来月に吉田秀和さんの「新・音楽展望」の新しい本が出ることを知る。今回は2000年からの文章を収録とのこと。おや、書棚にある「新・音楽展望」の『改めて、また満たされる歓び』は1996年までなので、その間の「新・音楽展望」がない! と急にあわてる。あとで調べて、1997年から1999年までの「新・音楽展望」を収録している『くりかえし聴く、くりかえし読む』(2000年12月)を不覚にも買い損ねていたことが判明。今度まとめて2冊買うとしよう。たのしみ、たのしみ。

帰り、日比谷界隈へ足をのばす。シャンテの地下で買い物したあと、泰明小学校の脇を通って銀座へ。途上の薬屋さんの店頭で先日見かけた、阪神タイガース仕様になっていたゾウのサトちゃんはもとの姿に戻っていた。阪神仕様を撤去しているときのご主人の心情を思うと不憫でならない。HOUSE OF SHISEIDO で《Passion and Action「生の芸術 アール・ブリュット」》展を閉館時間まで見物。ことのほか展覧会に熱中してしまって、そもそもの来館目的であった、とある山名文夫グッズ(時価6000円)を買うのを忘れたことにあとになって気づく。昨日下見した買い物などをし、ハイになって帰宅。

ミルクティを飲みながら、ぼんやりとモーツァルトの《コシ・ファン・トゥッテ》をベームの全曲盤で聴く。このディスクには吉田秀和さんの「新・音楽展望」の切り抜きがはさんである。《コジ》のことを書いていて、『失われた時を求めて』を引用しているこの文章は1997年のもの。当時いたく心に残っていたらしい。もう8年も前だ。この文章、『くりかえし聴く、くりかえし読む』に入っているのだ。早く本になっているのを見たい。わたしがサントリーホールで吉田秀和さんをお見かけした最後は、1999年9月の内田光子さんのリサイタルのときだった(たしか)。そのときの評も『くりかえし聴く、くりかえし読む』に入っているのだ。早く読みたい。

寝床で「波」と「一冊の本」を一通り読了。今日も早々に就寝。