石塚友二の『冬鶯』を繰る

朝から意気あがらず、喫茶店でカフェオレを飲んでぼんやり。突発的に持参した石塚友二の『冬鶯』を繰る。「小品」と「随筆」の二部からなる小ぶりの愛らしい本。数ヶ月前に古川緑波の『劇書ノート』(http://www.on.rim.or.jp/~kaf/carnets/books/roppa.html)で知って安かったので申し込んだのだったけど、それっきりになっていた。ぼんやりと「随筆」の項から読み始めてみると、「新富町にて」という出だしからしていいなアと、意気あがらないなか読んでじんわりとしみてきて、よい心地する。ここで読むことができる石塚友二の随筆は衣食住など生活感描写がまず好きで、文章の切れ味というか言葉のテンポがそこはかとなく気持ちよい。ロッパが『劇書ノート』で取り上げているのは「緑波しらず」という一文があるからで、これもいい文章だった。俳句をやる人の書く散文、の系譜、というものがあるかも。大岡龍男や龍岡晋の散文のよさ、というものを思い出して、そこはかとなく嬉しい。

昼休みはコーヒーショップで昨日入手の「本」をペラペラと眺める。高橋英夫さんの新刊が出たと知り、「群像」の連載が本になったんだ、こうしてはいられないと、とりあえず本屋さんへ偵察へ行くも発見ならず。中公文庫の『また酒中日記』を手に取り、また戸板康二の文章が収録されていないことを確認、またの機会にしようと棚に戻す。

お買い物に出かけようと思っていたけど意気あがらず、早々に帰ることにする。気候がよかったので歩く。和田倉濠のところで、「新潮」の『名短篇』で読んだ三島由紀夫の短篇小説のことを思い出す。神保町を通りかかり、閉店間際の東京堂で本を見る。高橋英夫さんの確認を忘れたことをあとで思い出す。

群像社通信「群」第26号届く。山田稔さんがリジヤ・アヴィーロワ/尾家順子訳『私のなかのチェーホフ』のことを書いている。本書はもちろん、とたんにチェーホフを読み返したくなり、のみならず、イワン・ブーニンの作品集を読んでみたくなった。10時前におそるおそるスイッチを入れると、ラジオは阪神の三連敗を告げていた。とたんに眠くなり、早々に寝ることにする。どうして毎日こんなに眠いのだろう。すっかり冬眠モードだ。