展覧会メモ

10月だというのに夏みたいに太陽が眩しい昼下がり、御茶ノ水駅で下車して坂道をテクテクくだって交通博物館へ出かけた。交通博物館に出かけるのは20年ぶりくらいだと思う。小学生の頃、ある年の夏休みにどういう経緯だったか1度だけ行ったことがあったのだった。単に人のあとをついていっただけで、感想としては、特に面白くはなかった、という記憶しか残っていない。もう一生行くことはないだろうと思っていたけれど、もうすぐなくなってしまうと聞いて、そんな子供時分の記憶すらも懐かしくなってしまったのか、単に気が向いたのかなんなのか、まあ、暇だったのだろう、とにかくもふたたび交通博物館にやってくる日が来るとは自分でも意外であった。と、ほんの物見遊山気分で訪れた交通博物館だったのだけれど、これが面白いこと、面白いこと。入場料310円でたしかな満足、たしかな手ごたえ、わーいわーいと大人気なく大喜びだった。

入場前、交通博物館の入り口のところになにかの電車が展示してあって、お父さんにだっこされた少年が目をランランと輝かせて嬉しそうにしていたりする。そんな美しき家族の肖像を見ているうちにジーンと心が洗われ(でもすぐ汚れる)、来てよかったなあとさっそく思った。切符を買って館内に入ると大盛況。人混みに便乗してふだんはクールなわたしも急に興奮、館内を適当にめぐり始めるとさっそくはしゃいでしまって、いつまでもそこはかとなくたのしかった。新橋ステンションでの日本初の鉄道の展示では「明治」を思い、大正、昭和初期の電車を見ると、同時代の文化史のようなものをいろいろ思い出したりして、なんとなく日本の近代が通底しているのがたのしいのだけれども、車体そのものの見物も意外なほどたのしいのだった。ひとまず、わたしのお気に入りは、修学旅行列車「なかよし」(参照:http://shugakuryoko.com/var/page4000museum.htm)。

それから大興奮だったのが、《さよなら交通博物館 特別展示》として、絵画の展示があったこと。まずはなにかの肖像画が展示されているのが目に入って、去年東大駒場の一高の展覧会で思いがけなく中村彝の絵を見られたときの興奮を思い出し、こういう肖像画って大物画家が描いていたりするんだよなあと画家名を確認すると、藤島武二と岡田三郎助で、ウムやはりとにんまり。と、その直後、ガラスケース越しにいきなり長谷川利行の《赤い機関車庫》というわりと大きな絵が眼前に迫ってくるので、ワオ! とびっくり、大興奮、大感激だった。こんなところで長谷川利行を見られるとは思わなんだ。ついウルウル、びっくりしたなあもう、と、隣の絵画に目を転ずると、こちらは鍋井克之の《汽車の走る風景》という絵。これもとても素敵だった。長谷川利行、鍋井克之の絵画はそれぞれ、昭和3年と昭和4年。同時代の作品で博物館への寄贈も戦前のほぼ同時期で、なにかと興味深かった。(詳細:http://www.kouhaku.or.jp/event/moyosi2005-15.html

特別展示としては「万世橋 失われた幻の駅」というブースもとてもよかった(http://www.kouhaku.or.jp/hamidashi/mansei.htm)。今この場所にいるという臨場感が嬉しくて、1分半だけだけど当時の記録映像を見られたり、かつての東京地図に心ときめき、内田百間を抜書きしてくれているという心づかいも嬉しい。

親子連れがワアワアというコーナーがあるかと思えば、線路がどうとかパネルがどうとかというマニアックなオーラがただようディープゾーンがあったりと、その対照性もなかなか味わい深い。そんな大盛況な1階をひとまずめぐって、2階へと階段を上がっていくと、その踊り場の窓の感じがとても素敵でどことなくアールデコ風な照明具がまた素敵だった。と、2階へあがると館内の様子は「大盛況」から「閑古鳥」へととたんに早替わり。この変わり身の早さがまた味わい深い。オートバイとか飛行機とかヘリコプターとか自転車とか、そんな展示の数々を通り抜けていくと、一部が吹き抜けになっていて、天井が見通せて、かつての古い駅舎を彷彿とさせる風情になる。ちょっとだけパリのオルセー美術館のよう。この瞬間がとてもよくて、なくなってしまう前に交通博物館の建築見物ができて本当によかったと思った。

それから、しみじみと味わい深かったのが4階。屋上からの眺めが、中央線と山手線とが一望に見渡せる秋葉原界隈の眺望そのものがそのまんま交通博物館の展示というおもむきだった。図書室にも一応足を踏み入れてみたが5秒で退散。「軽食堂こだま」(http://www.kouhaku.or.jp/kannai/4-2.html)がすでに閉店していたのも無念だった。と言いつつ、開店していたとしても入店前に5秒で退散していたような気がする…。興奮しすぎて疲れたので、休憩コーナーの椅子(列車の車内の座席状になっている)にてコーヒー牛乳を飲みながらひと休み。座席から車窓を見るような角度で DVD 映像が見られるようになっているのでとりあえず再生すると、それは走行中の津軽鉄道の運転席からの眺めをそのまま収録した45分間の映像なのだった。説明書きによると、津軽鉄道は冬期の「ストーブ列車」というので有名なのだそうだ。それにしても、運転席からの眺めをそのまま収録した移動映像というオチもなにもない同じような商品がいろいろな路線バージョンでたくさん販売されているとは、なんとなく鉄道ファンのディープな世界を垣間見たような気がして、なんとも味わい深いのであった。ぼんやりと映像を眺めて鉄道旅行気分にひたっていると、とある停車駅で運転手さんがなにかの器具を受け渡している。なにかと思ったらそれは「タブレット」というのだそうだ。あとで確認すると、サイト内にきちんとこんな記事が(→ http://www.kouhaku.or.jp/faq/heisoku_a01.html)。勉強になるなア。ストーブ列車というのにも乗ってみたいなア。とかなんとか、交通博物館の4階でにわか鉄道ファンになるわたしであった。

ふたたび1階へ戻り、やっぱり修学旅行列車「なかよし」はいいなアと、実際に座席に座れるようになっているので、親子連れに交じって、いい大人がここでひと休み。居心地がいいあまり、なかなか離れがたいものがあった。

そして、お土産売り場がまた味わい深い。とかなんとか、それぞれの局面でいろいろな意味で「味わい深い」と言い通しの交通博物館なのだった。

『きかんしゃやえもん』(ISBN:4001151227)がとっても欲しい! と、買ってしまいそうになったけどもなんとか踏みとどまった。『きかんしゃやえもん』といえば、かれこれ1年前、メールマガジン「皓星社通信」掲載の濱田研吾さんの連載「失われた声を聞く」で、ラジオドラマ『現代劇場・きかんしゃやえもん』というのを初めて知って大爆笑であった(http://www.libro-koseisha.co.jp/mail_mag/mail_log.php?id=27)。東野英治郎がやえもん! 悪役の機関車が小池朝雄と名古屋章! やえもんを売り飛ばす整備士が宮口精二! 大受けするあまりに当時、ぜひとも『きかんしゃやえもん』の絵本を買いに行かねばと思っていたのだけれども、結局それっきりになっていた。うーん、交通博物館で『きかんしゃやえもん』、やっぱり買っておいてもよかった気がする。

きかんしゃやえもん (岩波の子どもの本)

……とかなんとか書き連ねているうちに、閉館前にもう1度くらいは交通博物館に行きたいなアと思っているのだった。交通博物館、なにがそんなにツボだったのだろうか、自分でもよくわからないのだけど。