幕見席へ行き損ねて、教文館から歩く。

6時起床。昨日みたいに1日中ぼんやりにならないように、今朝は奮発していつもより高いコーヒーを飲むことにする。週末に五反田で入手したディケンズの『ピクウィック・クラブ』を読み始める。コーヒーはとてもおいしく、本読みは愉しく、気分が清々。すっかり目が覚めた。今日はいい1日になりそうな気がする。

しかし、そんな朝の覚醒は3時間しか持たず、昼休みになる頃にはすっかりテンションがさがっている。スターバックスでぼんやり。出かけるときに突発的に持ってきた戸板康二の『夜ふけのカルタ』を繰る。ここに入っている「五つの演劇論」という文章のなかの三宅周太郎の『文楽の研究』について綴っているのを読み返すのが目的だったのだけど、何度も何度も繰っている本なのに、そのたびに面白いなアと、戸板ファンの悦びでルンルン。うしろの方を繰ると、三宅周太郎の追悼文がある。初出は「学燈」だ。ここに三宅周太郎がその生涯に見た名舞台として挙げている5つのうちの1つに、初代鴈治郎の『植木屋』があるのに「あっ」となった。『植木屋』といえば、今月の歌舞伎座で上演中ではないか。こうしてはいられない、めったに見られないような気がする『植木屋』を一応は見ておかねばと急にメラメラと思った。11月の顔見世では梅玉による『おさん茂平』を見ることができる。梅玉の上方歌舞伎を見届けておかないといけない。そうそう、来月は鴈治郎の『河庄』なのだった。そして、いよいよ坂田藤十郎が控えている。こうしてはいられない、今のうちから上方歌舞伎を強化だー! といきなり燃え始めたところで昼休みが終わる。

とにもかくにも、今日を逃すと『植木屋』を見られないので、今日も幕見席へ行くことに決めた。そんなこんなで、日没後、歌舞伎座の『植木屋』開演まで銀座でお買い物をすることに。が、お店めぐりに熱中しているうちに、いつのまにか歌舞伎座に行き損ねているのだった。しかし、上方歌舞伎にいきなり燃えていたのだったけど、実のところ、今のわたしは11月の歌舞伎座の富十郎の『浮かれ坊主』のことで頭がいっぱい。富十郎の『浮かれ坊主』、聞いただけで胸が詰まる。もう1度見られるなんて、夢のようだ…。急にジーンとなり、いてもたってもいられず閉店間際の山野楽器で清元ディスクを物色するも、『浮かれ坊主』はないようだった。残念。最後は教文館。今日もいろいろな本が目にとまる。散々長居をしたあげくに、みすずの「大人の本棚」の山田稔訳のアレー『悪戯の愉しみ』と岩波文庫の『マンスフィールド短編集』を購入。

今日は歩いて帰る。神田界隈にさしかかると、週末に鎌倉で聴いた雲助さんの『干物箱』のなかの「なんだ神田のお玉ヶ池」というフレーズで頭のなかがいっぱいに。歩いているときは気分上々だったけど、帰宅したとたんテンションが低くなる。どうもムラの多すぎる1日だった。