尾上松之助の余波で『日本映画の誕生』を拾い読みする。

朝からさわやかな青空で爽快なり。早くに外出して、コーヒーを飲みながら、三宅周太郎『続文楽の研究』の「寺子屋」の歌舞伎と文楽を比較検討した文章を読む。菊吉の「寺子屋」を見て、同時に文五郎、栄三、そして古靭大夫の文楽に耽溺していた、その幸福について熱く語る三宅周太郎を見て、思わずジーン。菊吉じじいの文章を読むと、ふだんはいたってクールなわたしも思わず熱くなってしまうので注意しないといけない。

昼休みの本屋さんで、ちくま文庫の新刊、『小松崎茂昭和の東京』を立ち読み。小松崎茂は戸板康二と同年の1915年生まれだということに気づく。思わずガバっと買ってしまいそうになるけど、なんとかこらえた。

帰りは、岩波の「講座日本映画」を急に読みたくなって、京橋図書館へ行くことにする。その途中、「新生堂奥村」に足を踏み入れた。庄野潤三の文章を読んで急に読みたいなと思っていた中村白葉の分厚い随筆集(タイトル失念)1500円が目にとまり、和田芳恵の没後刊行の随筆集『ひとすじの心』(だったかな)1000円にもえらくそそらえる。けど、今日はぐっとがまん。しかし、2冊ともとてもよさそうだったので、いつか必ず。図書館で無事に目当ての「講座日本映画」第1巻『日本映画の誕生』を借り出して、暗闇のなか裏通りをテクテクと歩く。その途中、日本橋三越の前に出た。気が向いて地下で神茂のはんぺんを買う。367円也。

お茶の水界隈に出て、コーヒーを飲んでひと休み。『日本映画の誕生』をさっそく繰ると、三國一朗の「活弁の話術」という文章が収録されているので「おっ」となる。このところなんだかあちこちで三國さんに遭遇するような気がする。それはさておき、今まで特に気にとめたことがなかったけど、「講座日本映画」はなかなかおもしろいような気がする。谷崎の『東京をおもふ』に尾上松之助の名前がチラリと登場しているというが、うーむ、まったく記憶にない。部屋に帰ってさっそく読み返すとしよう、とイソイソと喫茶店を出る。ズンズンと夜道を歩きながら、ここは渋谷実の『自由学校』で佐分利信と東野英治郎が歩いていたあたりだな、とここの坂道を下るたびにいつも思うことも今日も思う。