京阪神ふらふら日記(中)大阪篇

早起きしてイソイソと出発。乗り換え駅にて切符を買おうと立ち止まったまさにそのとき、背後をおばちゃん3人組が大声で「そやなー、そやなー」と怒涛の勢いで通過していった。その「そやなー」が耳に入った瞬間、大阪に来たなあ! と急にハイに。生の大阪弁を町中で耳にするだけでなんだかとってもうれしい。

人生2度目の大阪、前回来たのは2000年の年末。以来、大阪と聞いてまっさきに思い出すのは御堂筋線から降りたホームの高い天井の光景だった(駅名は失念)。大阪の地下鉄の駅はちょいと高めの天井がとても素敵で、なんでもないようなホームがそこはかとなくいい感じだ。東京の殺風景な駅を思うと大阪人はもっと誇っていい、なんて、御堂筋線でのわずかな降車経験だけで断言してしまうのだけれども、とにもかくにも、人生2度目の大阪、約5年ぶりの御堂筋線、大阪に来たなあ! と、さきほどの背後の「そやなー」以来、いつまでもハイテンション、なんでこんなに嬉しいのだろうというくらいに、大阪に来たというだけでうれしいのだった。


● 大阪府立中之島図書館

御堂筋線に乗って向かったのは淀屋橋、本日最初の目的地は中之島図書館(http://www.library.pref.osaka.jp/nakato/)なり。「関西モダニズム」な堂島界隈は前々からの憧れだった。長年の夢が実現して嬉しい。図書館は期待どおりにとても素敵で、手荷物をロッカーに預けて閲覧室に向かって階段をのぼると、ドーム状の天井が風格たっぷりでうっとり。と、建物の見物だけでもワクワクなのに、さらにすばらしいのが書棚から自由に本を手に取って読むことができるということ(って、当たり前だけど)。まっさきに向かったのは演芸関係コーナー、キャー! 六代目松鶴の写真集にノックアウト! 戸田学著『凡児無法録』が欲しいっとメモ! などなど、なにかと興奮続き、ついしつこく「!」を連発してしまうのだった。

館内はとても空いていて、窓からは川沿いならではの涼しい風が静かに漂ってきて、気分上々。書棚を練り歩くと、「上方芸能」のバックナンバーがずらっと並んでいた。何冊か手に取って閲覧机で、窓からの静かな風を受けつつ、目についた記事を眺めて、なんてぜいたくな時間なのだろうとしみじみだった。思えば都内ではえいっと気合を入れてしかるべき場所に赴かないと、ここまでまとめて「上方芸能」を読むことはできないので(たぶん)、ふだん「上方芸能」を手にするのは本屋さんで立ち読みするときぐらい。じっくりと往年の「上方芸能」の目次をながめて、木津川編集長は偉大なり、とあらためて感嘆。「なつかしき大阪しゃれことば」というタイトルの和多田勝の連載で、池田のことが登場していて、今はベッドタウンだけど昔はたいへんな田舎、だけど豪農がたくさん住んでいた、落語の「牛ほめ」の舞台は池田、というようなことが書いてあるのを見て、午後に池田に出かける予定なので、なんとなく臨場感があって、嬉しかった。

いつまでも「上方芸能」を見ていたかったけれども、時間の限られた観光客ゆえ、そこそこで切り上げて、図書館をあとに。一週間ぐらい休暇をとって、図書館の近くのホテルに滞在、毎日午前中は本を読んでのんびり、というのが理想だなあと夢想するのもたのし、だった。中之島図書館は建物もよいし、堂島界隈の散歩もたのしいし、館内では演芸本で「上方」を満喫、「モダン大阪の娯楽場―ルナパークと新世界展」と題された絵葉書の小展示も嬉しくて、なにもかもがすばらしかった。今度ここに来るときは、図書館と並んで長年の夢であった中之島公会堂の地下食堂にも行けたらいいなと思う。


● 波屋書房

ふたたび御堂筋線に乗り込んで、なんばで下車。今回大阪に来た目的のひとつに、「芸能懇話」(http://www.rakugo.com/osaka/konwa/)を買う、というのがあった。というわけで、波屋書房にて意気揚々と「芸能懇話」の笑福亭松鶴特集号を購入。何冊も欲しい号があったけれども、1冊だけにとどめておく。ここでも、「松鶴でおます」の六代目の写真(110ページ)があまりにかっこよくて、キャー! なのだった。

お会計をすると、頼んでいないのに、カヴァーをかけてくださった。全然知らなかったのだけど、そのカヴァーがとても素敵で、大感激(→ http://homepage2.nifty.com/bcover/taisyo/95taisyo.html)。藤沢桓夫の『大阪自叙伝』を今とても読みたい。

勧められるがままに、上方落語協会誌「んなあほな」第3号もついでに購入。いつか聴きたいと思っていたがかなわなかった文枝さんの追悼記事があったので思わず買ってしまった。


● ワッハ上方 上方演芸資料館

テクテクと次なる目的地は、上方演芸資料館(http://mic.e-osaka.ne.jp/kamigata/)なり。波屋書房からワッハ上方に至る極彩色の繁華街がいかにも大阪であった。有料の展示室を素通りして、お目当ては無料エリアの演芸ライブラリー(http://mic.e-osaka.ne.jp/kamigata/4F/4f-library.htm)。中之島図書館とおんなじように、書棚を眺めてうっとり。三田純市寄贈本コーナーが嬉しい。しかし、こちらでは本はそこそこに、「さあ、あなたも演芸ライブラリーで演芸三昧!」と、AV ブースへ。

まず視聴したのは、毎日放送の「芸能わらいえて」、昭和43年2月6日放送分。濱田研吾さんの『徳川夢声と出会った』(ISBN:4794966008)を読んだとき、禁句であった「カツベン」を連発する若き永六輔に御立腹の夢声翁のくだりがとても印象的だったのだけれども、その映像がいままさに! と興奮だった。いざ見てみると、顔がミシミシと徐々にこわばってゆく夢声翁ではあるものの、応対は終始風格あふれる紳士で惚れ惚れ、いいものを見たなあと思った。夢声が大人な分、永六輔の鬱陶しさが際立ち、突っ込みどころ満載であった。と、目当ては夢声と思っていたら、番組後半では「松竹大船時代」を振り返る、という感じで、吉村公三郎、水戸光子、佐分利信、佐野周二をゲストに迎えての座談会があって(上原謙はスケジュールが合わなかったのだろうか…)、ストライクゾーンな企画に大興奮! こちらでも永六輔の司会が鬱陶しいからなおのこと、吉村公三郎の洒脱ぶりが際立ち、佐分利信は「重厚」の二文字で眼福、いいものを見たなあと思った。それにしても、昭和43年のテレビ番組をこんなにも鮮明に見ることができるとは、なんてすばらしいのだろう。この当時の戸板康二の司会映像があったらどんなにいいだろうと思う。戸板さん、油が一番のっているころ、あったらいいなあ。

次に見たのは、桂文枝の小文枝時代の高座、『三十石』。高座が始まる前に、淀川沿いに立つ司会の和多田勝が伏見からの三十石舟のことを紹介するという嬉しい導入がある。ほんの短時間の語りで、上方風俗と落語の背景と現在の「大阪」とを織り込んでいるサマはまさしく至芸という感じで、さきほどの永六輔の司会が鬱陶しかった分(いつまでも根に持つわたし)、目が洗われたというか耳が洗われたというか、いいものを見たなあ聞いたなあとホクホクなのだった。そんな和多田さんのご案内のあとで接する、文枝さんの『三十石』はなんともまあぜいたくで、感涙ものだった。思えば、昨日は京都で今日は大阪、落語の『三十石』とおんなじコースをたどっているのだから臨場感たっぷり。今回見た『三十石』の映像は旅を特集にしたなにかの落語会のトリを収録したもので、その落語会の錚々たる顔ぶれも見ものだった。演目と演者をメモしておくべきだった。開口は吉朝さんだった。次回の桂吉朝独演会が切にたのしみ、と急に思った。

とかなんとか、一日中ここにいたいという感じだったけれども、時間の限られた観光客ゆえ、そこそこで切り上げねばならぬのだった。書棚の演芸本に後ろ髪ひかれつつ、気持ちよさそうに浪曲のレコードに身体を揺らす御老人を横目に、「さあ、あなたも演芸ライブラリーで演芸三昧!」の演芸ライブラリーをあとにした。

出口のおみやげコーナーで、和多田勝のイラストをあしらったトートバッグを発見し、つい衝動買い(1260円)。3種類あるうち「モガ・モボ」というのを選択、付属の栞によると《大正から昭和にかけて、断髪洋装が街のあっち、こっちで見受けられるようになってきました。外国映画の風俗を、いち早くとり入れたり、男女がつれそうて歩いたり、最初はかなり知的な人々の間で起こった風俗やったそうです。……》とのこと、『和多田勝イラストレーション集 懐かしき大阪の人々』がとっても欲しい! 買ってしまったトートバッグはうーん、近所へ野菜の買出しに行くときに使うとするかな。 


● 道頓堀今井

本日の昼食は、道頓堀今井にて、しっぽくうどん。江國滋の『落語手帖』を読んで以来、ぜひとも次回の大阪旅行の折には今井で「しっぽく」を! と思っていた。長年の夢がかなって嬉しい。ちくま文庫化(ISBN:448042086X)の直後というタイミングで実現、というのも嬉しいかぎり。

蕎麦や饂飩が出てくる噺は多いが、その中にシッポクという言葉がよく出てくる。威勢のいい職人などが、「おゥ、シッポク一つこさえてくんねえな」といいながら蕎麦屋ののれんを肩で押し分けて入ってくる、その歯切れのよさに魅せられて、ぼくは蕎麦屋に行くたびにシッポクを探した。……だが、シッポクは見当たらなかった。

……仕事で大阪に出張したぼくは、道頓堀の中座の隣りにある「今井」といううどん屋に入った。その店は、宿屋の老女中が教えてくれたもので、小さいけれど、いかにも老舗といった感じのうどんやだったが、品書きに「一、しつぽく」とあるのを発見して、大げさな表現だがぼくは狂喜した。早速注文すると、やがてきれいな丼が運ばれてきた。しば海老、蒲鉾、ふ、海草などのグが、まっ白なうどんの上にのっている。ただそれだけのものだった。これがシッポクか、とやや失望しながら口をつけたぼくは、これまた大げさな表現を許してもらえるなら、その美味に感嘆した。何よりも、そのつゆのうまさ。……

【「落語博物誌 九 しっぽく」、江國滋『落語手帖』より】

と、このくだりを読めば、「今井」で「しっぽく」を食べたいと思ってしまうのも人情というものだろう。初版、再版の単行本では、ここに江國滋による滋味あふれる挿絵付きなのだから、なおのことである。で、実際に今井に出かけてみると、たしかに「いかにも老舗」ではあったけれども、江國滋が通っていた頃とは比べものにならないくらい、店の規模を広げているようだった。

昨日のお昼に飲み損ねたビールを今日こそはと、ビールをグビグビ。すると、コースターに「頬かむりの中に日本一の顔」の絵があしらってあるのを発見、観光客大喜びの瞬間だった。


● 阪急古書のまち

今回は人生2度目の大阪なのだけれども、人生初の大阪は2000年の年末だった。あのときのよき思い出のひとつに、杉本梁江堂(http://www.ryoukoudou.book-store.jp/)で本を買った、というのがある。店内の整然とした本の並びにうっとり、お会計のときのご主人のちょっとした大阪ふうイントネーションにうっとり、古典芸能いろいろを描いた包装紙を彩るスケッチの数々にうっとり、でもお値段はきちんとしているので吟味にはじっくり、といった感じに、これぞと思う本をこの値段ならと納得して買いたいものだと、日頃はセコいチェックばかりしているわたしですら思ってしまうような、心洗われる古本屋風景で、旅行者ならではのなにか記念的なものを買えたらいいなと思うお店の筆頭だった。

初めて杉本梁江堂に足を踏み入れたときのことは今でもとてもよく覚えている。戸板康二の著書蒐集のまっただなかにあった当時、欧州旅行から戻った直後にバタバタとすぐに大阪に出かけたので、歌舞伎座には行き損ねたのだった。ああ、あのときは大阪へ行く前に無理をしてでも寝てしまっても歌舞伎座には行っておくべきだった、宗十郎の『蘭蝶』を見ておくべきだった、ああ、宗十郎さん! と、いつまでも宗十郎さんのことを引きずりつつ、あれからもう5年。あんまり時間はなかったのだけれども、梅田での乗り換えついでにちょこっと杉本梁江堂に立ち寄ることに。本当は「阪急古書のまち」全体を見たいところだけど、今回はがまんなのだった。

で、杉本梁江堂では、前々から欲しかった桂米之助著『上方落語よもやま草紙』(たる出版、1998年)と今回初めて存在を知った、安藤鶴夫・戸板康二ほか編『家庭の手帖 演劇特集』(自由国民社、昭和26年発行)という、なかなか味のある組み合わせの買い物ができてご満悦。波屋書房での「芸能懇話」に引き続いての、杉本梁江堂での『上方落語よもやま草紙』はつながりとして出来過ぎという感じで、嬉しくてたまらなかった。

ところで、地下鉄の梅田の駅から杉本梁江堂へ向かう途中、「阪急古書のまち」の入口のガード下にいかにも大阪という感じの怪しく輝く、キッチュというか宝塚の舞台中継っぽいというかなんというか、一目見ただけでインパクト大の喫茶店があった。もしこの喫茶店が東京にあったとしたら、「ふむ」と深い考えもなく通り過ぎていたに違いないところを、珍奇な体験を求める旅行者的心情が喚起されてしまった上、古本を買ってコーヒーを飲んでひとやすみというような植草甚一的心情も重なってしまい、あんまり時間がないと言いつつ、店名は「アリス」だったか「アリサ」だったか、コーヒーを飲んでひとやすみすることに。いざ店内に入ってみると、一昔前の新劇の舞台装置のような、外観のインパクトを裏切らない内装(トルソーとか)にヒクヒクしつつも、不思議と落ち着くお店でコーヒー380円(銀食器使用、だったかな)をすすりつつ、つい長居だった。

このあとも大阪の喫茶店では珍奇な体験が味わい深く、今回の大阪旅行では、喫茶店がなにかとツボだった。まあ、いずれ語るときがくるであろう。


● 阪急にのって

さて、いつまでもコーヒーを飲んでいる場合ではない。小林一三を追慕すべく、阪急にのって、いざ池田へ。それにしても、阪急電車のなんとチャーミングなことだろう。チョコレート色だかあずき色だかの車体と、車内の座席シートのグリーンとの調和、そのデザインセンスがすばらしい。こんなに素敵な電車は東京にはない。関西人はもっと誇っていい。と、午後の静かな車内でまたもやハイに。電車が淀川をわたった直後、この白いブラインドも素敵! と、太陽光線を遮断しようとしたら使い方がよくわからず、ものすごい勢いでブラインドが落下、正面に座っていたおばちゃん3人組に笑われてしまった。

そんなこんなで、無事に池田駅にたどりついて向かったのは、池田文庫(http://www.ikedabunko.or.jp/)と逸翁美術館(http://www.itsuo-museum.com/)。池田文庫では目当ての上方役者絵の図録を入手。せっかくの図書室なので、ついでに検索すると「歌劇」のバックナンバーに戸板さんの追悼記事があった。思えば、宝塚歌劇の歴史は大正3年に始まり、戸板康二が生まれたのは1915年。戸板康二生誕90年の今年は宝塚91周年である。そう、宝塚の歴史をひもとくことは戸板康二の同時代史を見ることでもあるのだ。宝塚の歴史を彩る日本の近代いろいろは、戸板康二とその時代を考える上で大きなヒントとなるに違いない。…というようなことを宝塚90年の去年に思ったのだったが、深く追求することなく、戸板康二生誕90年の年を過ごしているのだった。

これまた長年の夢であった逸翁美術館も、ここまで満喫するなんてというくらい、たいへん素晴らしかった。阪急電車に乗ってやってきた、落語の「牛ほめ」の舞台の池田での結論は、「小林一三は偉大なり」に尽きる。思えば、わたしが小林一三に関心を抱いたそもそものきっかけは、戸板康二の『ぜいたく列伝』だった。展示品の数々を見物しつつ、逸翁美術館の空間にひたっていると、不思議なほどあざやかに『ぜいたく列伝』という書物全体の雰囲気を体感していることに気づいた。



ここまでたのしいなんて、というくらいにたのしかった大阪の休日を振り返っていたら、いつのまにかずいぶん冗長に。昨日のお昼の新京極スタンドでの「ビール、飲みたい」という願いが1日遅れで通じたのかなんなのか、大阪の夜はやたらとビールばかり飲んでいた、ような気がする……。


以下は、買った本・出かけた美術館メモ。

購入本

波屋書房にて。

  • 「藝能懇話」第11号《特集 笑福亭松鶴》(大阪藝能懇話会、平成9年11月)

そんなに読みこなせるわけではないだろうに、歌舞伎でも落語でも、わたしはこういう誌面が一番好きなのだった(「藝能懇話」総目次:http://www.rakugo.com/osaka/konwa/)。波屋書房の馬車のカヴァーと合わせて、宝物という感じの、今回入手の笑福亭松鶴特集号。今は、去年出てからずっと気になっていた松葉ディスク3枚を山野楽器へ買いに行こうと思っているところ。

杉本梁江堂にて。

  • 桂米之助『上方落語よもやま草紙』(たる出版、1998年)
  • 雑誌「家庭の手帖」第11号・演劇特集(自由国民社、昭和26年9月発行)

存在を知ってからずっと気になっていた『上方落語よもやま草紙』は2625円。装幀は和多田勝でカヴァー(上の画像)の上にケースがかぶさるという、つつましいたたずまいがたいへん好ましい。肥田晧三先生の序文がうれしい。第1章「上方落語歳時記」、第2章「上方落語噺家百態」、第3章「戦後の上方落後史」という構成で、各章の扉には和多田さんの挿絵が使われていて、第2章の扉は五代目松鶴! この章には和多田勝への追悼文がある。第3章の「戦後の上方落後史」の初出は上記の「芸能懇話」なので、なおのこと、波屋書房に引き続いての杉本梁江堂でこの本を入手したという展開が嬉しかった。上記の松鶴特集では、米之助さんは「片江の五代目松鶴師宅のこと」という短文を寄せている。今度の大阪旅行の折に、その近辺を散歩できたらいいなと思う。

「家庭の手帖」の演劇特集は店頭で初めて存在を知った。いかにも昭和20年代の演劇雑誌という感じの誌面で、表紙は河野鷹思だし、値段は525円でお手ごろだしで、ふと気が向いた。尾崎宏次と杉山誠、戸板康二と安藤鶴夫が編集委員として名を連ねていて、それぞれが新劇、歌舞伎の解説を担当している。戸板康二の紹介は「歌舞伎評論に活躍めざましい/第一線折口信夫門下」となっていた。


池田文庫にて。

  • 図録『合羽摺の世界』(池田文庫、平成14年3月)
  • 館報「池田文庫」第20号(2002年4月)
  • 『小林一三翁の回想』(阪急電鉄株式会社、昭和55年9月)

松平進著『上方浮世絵の再発見』(ISBN:4062095157)に大感激して以来、そこはかとなく気になっていた「合羽摺の世界」、なにか手頃な図録はないかしらというのが池田文庫に出かけた目的のひとつだったのだけれども、目論みどおりに手頃な図録があって大喜びだった。1000円でオールカラーで発色が美しくて、言うことなし。ほぼ時を同じくして刊行の館報第20号では、荻田清氏が「合羽摺の文化」という一文を寄せている。創刊号からの総目次が載っているのでお得感たっぷり。肥田晧三の「阪急沿線をめぐる出版物」という連載がとっても面白そう! 

『小林一三翁の回想』は新書判の冊子で背表紙が阪急電車の車体とおんなじ色、昭和36年に発行の『小林一三翁の回想』(非売品)の抜粋とのことで、いろいろな人が逸翁を回想、山本為三郎、川口松太郎、渋沢秀雄、古川緑波、中村勘三郎といった名前につられ、値段は25年前のままの400円だしで、ついでに購入。ロッパの文章の「遺稿」の二文字に涙、《僕が、まだ役者になっていない頃、文芸春秋社の記者だった頃、僕は、先生を方々へ案内する役を、おおせつかって、ちょいちょい、浅草だの銀座だのへお連れした。》という一文で、編集者時代のロッパを追う身としては無視できない文献であった。

展覧会メモ

  • 夏季展「三代の賢人たち」逸翁と同時代の文人・画人・陶工 / 逸翁美術館 *1

なんとすばらしき逸翁美術館! 庭園美術館とか岩崎邸とかなんとかに喜んでいる東京都民に、逸翁美術館を見ろと言いたい、とかなんとか、急に上方移住後の谷崎的心境になってくるようなすばらしさだった。建物の見物だけでもぜいたくなのに、小林一三旧蔵の逸品の数々がつつましく展示されていて、茶室を配置した庭園も見事。贅を尽くしているはずなのに、全体の印象は驚くほど清楚でつつましくて、その趣味のよさに惚れ惚れだった。前々から気になっている高橋箒庵という人物がますます気になってきた。高橋箒庵に限らず、日本の近代を彩った実業家群像は尽きないものがあるなあとモクモクと刺激的でおみやげたっぷり。