京阪神ふらふら日記(上)京都篇

連休初日。東京駅から新幹線に乗ってスーイスイと京都にたどりついて、まっさきに向かったのは三月書房。寺町通りをズンズンと北上すると、何年ぶりかで来たこの界隈のたたずまい、ああ、京都に来たなあと、ふつふつと嬉しくなってきた。無事にたどりついて、なによりなにより。それにしても今日は暑くなりそうだ、いや、すでに暑い……。

と、三月書房の前にたどり着いてみると、シャッターが閉まっていて一瞬ガーンとなるものの、よくよく見てみると開店は11時であった。ま、あと数分だわいとちょいと離れて、これが一保堂の本店か、三月書房で買った本片手にお茶を飲んでひと休みなんてのもオツでげすな、とかなんとかぶらっとしつつ、三月書房の入り口に戻ってみると、いつのまにかお店は開いていて、増殖的にお客さんが集まる、集まる。約4年ぶりの三月書房はあいかわらず素敵で、棚を眺めていつまでも眼福で、なかなか立ち去りがたくて困ってしまうくらい。もともとおなじ本ならここで買いたいという気になる本屋さんだし、いつもは節制している(つもりの)わたしも旅行の気の緩みでつい散財だしで、本をたくさん買えるまたとないチャンス、最終日の最終地点、あとは新幹線に乗るだけというタイミングで、次回は来たいなあと思った。


本日の昼食は新京極のスタンド。こちらも増殖的にお客さんが集まる、集まる。これまた眼福のたたずまいで、ごはんの途中で何度も高い天井見上げてうっとり。2杯目は黒ビール! とグビグビほろ酔い上機嫌……だったのは、わたくしではなくまん前に座っている常連ふうおじさま、背後のテレビでは「四角い仁鶴がまあるくおさまる」が流れていた。神保町でさぼうる、浅草で神谷バー、パリでフロール、ウィーンでハヴェルカみたいな感じかな、と、ご常連のワアワアという感じにうっとり、しだいにくつろいでしまうというような居心地のよさが格別で、わたしとしては観光客ならではの一期一会的な時間がとてもよかった。わたしも、ビール、飲みたかったなあ。


午後は叡山電車に乗って恵文社、というお決まりのコースをたどる。こちらも約4年ぶり。あいかわらず研ぎ澄まされた素敵なお店だったけれども、前回と比べるとずっと傍観者的に店内をひとめぐり。こうして三月書房と恵文社とを立て続けに訪れてみると、日頃のごひいき、神保町の書肆アクセスの絶妙さがよくわかって、あらためて、アクセスはすばらしい! と思った。と、日頃の無意識な本屋行きを相対化できたのは本当に収穫だった。

三月書房が寺町通りにあるというのとおなじように、恵文社が一乗寺にあるという立地が絶妙で、素敵な喫茶店は点在しているし、本屋さんを起点に町歩きというのが京都のいちばんの愉しみだなあと、今回の京都散歩は恵文社を起点に界隈ふらふら歩きがなんともよかった。惜しむらくは、あまりに根性なしの己の体力、暑いとすぐに疲れてしまうわたし……。限られた時間をもっとハイテンションに歩き回れたらどんなによかっただろうと思う。そんな根性なしでどうする! と、今後の体力増強を決意するのだった。

しかし、ヘロヘロながらも、一乗寺からはじまる午後の町歩きをたいへん満喫。京大と京都造形大の近所というのがいかにもの「学生街」ふうな感じと閑静な住宅街が同居している独特なたたずまいが、歩いていてしみじみよかった。すぐ近くになだらかに山が連なるという盆地というところが関西独特という感じ。昭和の遺物の下宿屋ふう建物が点在しているのがツボで、建築観察がたのしく、ところどころの一見なんでもないような邸宅の細部観察がなかなかたのしい。と、一見なんでもないような建物の見物もたのしければ、ひと目見ただけで強烈なインパクトの銀月アパートメントも大満喫。今まで京都は数えるほどしか来たことがないけれど、前々から計画していた場所と場所とをつなぐ路地が、いつも京都旅行で一番心に残る思い出になっていたなあということを思い出した。


というような町歩きの最終地は出町柳、鴨川の橋から見える向こうの空はもうすぐ日没という頃。あの一帯が下鴨神社と糺の森なのかあと気分は一気に山田稔! 近々アクセスで山田稔本を調達するとしよう。ちなみに、今回の京都での一番の衝撃は、関東と関西における「糺の森」の認識の違い。いやあ、知らなんだ、知らなんだと、「びっくりしたなあ、もう」だった。おっと、それはさておき、暑かったけどいい天気でよかった。大騒ぎになる前に早々に退散するとしようと、関西ふらふら旅行の初日は、祇園祭の「ぎ」の字もない京都町歩きであった。


あっという間の京都だったけど、今回はほんの序章ということで、年内にもう一度くらいは、もっとじっくりと京都旅行できればいいなと思う。次回はぜひとも、2005年のわが最大の抱負である大河内山荘に行かねばならない。それまでに富士正晴著『大河内伝次郎』を入手しておかねば……。どのお店だったか、中公文庫版『大河内伝次郎』はずいぶん高かった。と、以下、京都でのお買い物メモ。


京都で、本さがし

三月書房にて。

  • 雑誌「サンパン」第3期第4号《保昌正夫追悼特集》(EDI、2003年3月)

「サンパン」のバックナンバー一覧では「完売」となっていてすっかり諦めていた保昌正夫さんの追悼号。積んであった「サンパン」を発掘すると、スルッと当たり前のように登場して、キャー! と静かな店内で大絶叫だった(心のなかで)。よくある「完売」というのはえてして読者ではなく本屋さんが買い占めているということなのかな、かな、と思いつつも、大喜びで購入。切望の追悼号を入手しただけでも京都に来た甲斐があった。いかも三月書房という買い物がなんとも嬉しかった。


ほんの時間つぶしで立ち寄った赤尾照文堂で思いがけない収穫。

  • 内田誠『惚々帖』(白鴎社、昭和22年7月)
  • 殿山泰司『日本女地図』(角川文庫、1983年)
  • 八木義徳『家族のいる風景』(福武文庫、1988年)

『惚々帖』は内田誠の京都、奈良の紀行文集で、以前、図書館で閲覧したことがある。ふと思い出して今回の関西旅行の前に欲しくなっていたところだった。ネットで取り寄せるのもなんだかなあと結局旅行前には間に合わなかったのだけど、京都で深い考えもなく立ち寄った本屋さんで入手する運びとなってホクホクだった。高いかなあと思ったら、値段は1500円で順当なところ。それに、赤尾照文堂特製の値札がついているのが嬉しいのだ。

わたくし長年の愛読書、殿山泰司の大傑作『日本女地図』はカバー帯付きの美本で200円なので、無視できず、つい。山形のおなごはどないですかいと、かねたくさんへの京都みやげにしようと思っていたのだけど(どんな京都みやげだ)、まあ、なんということ! ほぼ同時に山形で入手なさっているではありませんか(id:kanetaku:20050717#p2)。

と、『日本女地図』が200円だったので、ちょいと高めの文庫本を買って相殺するとしようと、八木義徳の福武文庫は800円。「落ち葉」「春の泥」「風鈴」「夜明けの眠り」「師弟」「水の輪」「河口」「家族のいる風景」を収録している短編集。前々から欲しかったので買えて嬉しかった。


福田屋書店にて。

  • 三田純市『大阪弁のある風景』(東方出版、1987年)

内田誠の『惚々帖』に引き続いて、関西で入手して嬉しい本。こちらは700円。和多田勝の装幀がとにかく素敵で、ひとたび手に取っただけでまさしく惚れ惚れ、すぐに欲しくなってしまうような本。色づかいも洒落ているし書き文字もとてもいい感じで、挿絵もふんだんで嬉しいかぎり。佐野繁次郎にばかり大騒ぎしていてはいけない、おなじく大阪の都会っ子の、和多田勝に注目せよ! と言いたい(誰に?)。巻末に、その和多田勝と著者の三田純市との対談、「うだうだ大阪弁」を収録している。「東京やなぎ句会」つながりでもあることだしと、前々から気になっていた、三田純市の本を買ったのは初めて。江國滋に引き続いてちくま文庫に入って欲しい書き手なのだった。